だってチームワークなんて皆無じゃない? 一つの曲を多数の人間が奏でるなんてことは、不可能だと私は思う。 だって皆をまとめなくちゃいけない指揮者はトイレに行ったまま帰ってこないし、第一だかそもそもだか忘れたけどヴァイオリンを弾くシリウスはさっきからスリッパがやぶれてるとかなんとか言っている。 練習室はパート練習の音ではなく、騒音でごった返しているのだ。 「やあリリー。君のフルートを貸してはくれないかな」 ジェームズが私の所へ来た。 「どうして??」 首を傾げる私に、ジェームズがとにかくにこにこ笑っている。 「おっまえ!!どーせリリーのフルート吹いて間接キスとか狙ってんだろ!」 パコーン!!! 練習室専用の、穴のあいたスリッパでシリウスがジェームズの頭をたたいた。 軽快な音が響く。 「ちょっとシリウス!!スリッパ!!汚い!汚い!!」 ジェームズが主張すると、シリウスはスリッパを手で弄びながら 「だってこれ穴あいてんだもんよー。俺こんなスリッパ履けねっつの」 ともう一度それでジェームズの頭をたたいた。 「まあ!そうだったのジェームズ!?」 ぽかんと口を開けて驚く私に、ジェームズはにっこりと笑った。 「そんなわけないよ」 彼はとてもさわやかに微笑んで、「そうよね」と思わず私も微笑み返した。 「お前もバカか!」 パカン!! はじけた音とともに、頭のてっぺんから少しずれたところに痛みが走る。 スリッパの裏でたたかれたことを知ったのは、あまりの勢い良さにシリウスの手からスリッパが床に落ちた瞬間だった。 「シリウス…!!!よ、よくも僕のリリーを…!!!」 ジェームズが私とシリウスと落ちたスリッパを見てわなわなとふるえる。 私はたたかれた個所を抑えながら、あまりの衝撃に目を丸くしていた。 「じぇ、ジェームズをたたいた面で私を……」 「「そこ!!!?」」 焦点の定まらない状態でショックに打ちひしがれる私に、二人はピッタリな息で振りかえった。 そして私は今の出来事で思い出す。 「そうだわ、シリウス」 「あ?どうした?」 ジェームズを叩くためにやって来たシリウスに、私は調子よく相談を持ちかけた。 「実はここのところがわからないんだけど…」 楽譜のとある一個所を指して助けを求めると、シリウスは「おう」と気前よく譜面を覗いてくれた。 そこはヴァイオリンも重なっている部分なので、ちょっと教えてもらえればいいと思っていたのだけど。 「貸してみろ」と言うと半ば勝手にシリウスは椅子に置いていた私のフルートを手に取った。 「まあ。シリウスってばフルートもできるのね」 「ちょ、シリウ…」 「だめよジェームズ、私教えてほしいわ」 まさか実際に吹いてみてもらえるとも思っていなかったので、教えを乞う相手が他にいない今、私は嬉々としてフルートを構えるシリウスに食い入った。 フスー…!!! 「「!!!??」」 楽器を口に近付けたと思ったシリウスは、予想外にも鼻息でそれを吹きならそうとしたのだ。 その光景が衝撃的すぎて私は手にしていた楽譜をヒラリと床まで舞わせてしまった。 ああ、いけない。 「わ…私としたことが」 「私としたことがじゃないよ!!」 ジェームズがガクガクと私の肩を揺さぶる。 シリウスは一人で勝手に腹を抱えて大笑いしている。 揺れる視界の端で、リーマスやピーター、それに二人と仲のよくないセブルスまで口からぷすっと息が抜けるのを、私は見逃したりはしなかった。 (まあ、セブルスが笑っているわ) 「うふふ」 「うふふじゃないよリリー!!!」 「あら、私声に出していた?」 私を揺さぶり続けていたジェームズに尋ねると、ジェームズはピタとその手を止めて「リリー・エバンス、しっかりするんだ」と力強く言った。 「素晴らしいわ、ジェームズ。その力強さがあれば皆あなたについて行くに違いない」 指揮者たるもののカリスマ性を目にした私は言われたとおりしっかりして、落ちた楽譜を拾った。 楽譜の隣にシリウスの穴のあいたスリッパが落ちている。 (!!!) 「まああシリウス!!スリッパを持っていた手で私の楽器を!?」 楽譜と一緒にスリッパを拾い上げた私は、高ぶる感情のままにその手でシリウスの頭にスリッパ(の裏面)をお見舞いした。 パーン!!! もはや誰も練習していない練習室に大きな音が響き渡る。 「いってえ!!!」 シリウスの悲鳴がその後すぐに響いた。 こんなので、息を合わせて演奏なんてできるはずがない。 今度はシリウスに詰め寄るジェームズを眺めながら、私はシリウスがスリッパを触ったままの手で未だ所持する楽器に目を向けた。 「まあ!それ、のだったわ!!」 「マジかよ」 驚愕する一同の中、シリウスだけが冷静にそっと楽器をもとあった位置に戻した。 彼女のいない所で、こんな事件が起こっていたことを、私たちは内緒にしようと思います。 わあ、みんなで何かをやり遂げるって、ほんとうに結束力が深まるのね。 次に演奏曲を合わせたときに、私は心の底からそう思ったのでした。 リリー・エバンス (07/12/07)冬オケ |