自分で言うのもなんだけど、わたしはかなりのポジティブシンキングだ。そして、かなりのトラブルメーカーでもある。目を瞑れば、走馬灯のように数々の所業が脳裏を掠め、あああんなことやっちゃったなあ、と思い返したりもする。 けれど、不思議なことに後悔をしたことはこの16年間、1度もなかった。そう、例えば魔法薬学の授業でのこと。あの温厚なスラグホーン先生の口をあわあわさせてしまうほど、濃度の高い硫酸と見紛うばかりの強力すぎる魔法薬を偶然つくってしまい、そのせいで教室の床一部が抉れたときも、自分が溶けなくて良かったなあとのんきに笑っていられた。もうひとつ、4年生の冬のこと。サビの浮いている鎧がなんだか可哀相に思えてピカピカに磨いてあげようと、覚えたてのサビ取り呪文を唱えてみたら、何を間違ったのか、逆に100年も時が経ったみたいにサビサビになってしまって、フィルチに皮を剥ぐぞと脅されたときも、まあなんとかなるだろうと根拠のない自信を持っていた。他にも十人が十人声をあげて落胆してしまうような失敗をたくさんしてきたけれど、持ち前の明るさ、もとい図太さで、そんな障害だって乗り越えてきた。 そんなうんざりするほどポジティブシンキングなわたしだけど、今回ばかりは正直、今目の前で立塞がっている障害を乗り越える自信が、少しも、まったく、全然、ない。できることなら、わたしを苦しめているもの全部放り出して、部屋に引きこもってやりたいくらいだ。こんなことよりまだ読み終わってない、《スーパースターへの秘訣!》全3巻を読破したい。ベッド脇でよれよれになっている、セーターも編みなおしたい。あさって提出の変身術のレポートを片付けてさっさとのんびりしたい。けれど悲しいことに、わたしの前には楽譜が、五線譜が、無表情に通せんぼをしているではありませんか。そして、何の因果か、わたしの手には名工に特別につくらせた、美しくツルツルのヴァイオリンが握られているではありませんか。更に恐ろしいことに、楽譜の向こうではわたしと同じヴァイリンを持ったいとこ、シリウス・ブラックがギラギラした目でこちらを牽制しているではありませんか。グレーの瞳はわたしを冷たいチェアーに縛りつけたまま逸らしてくれる気配はなく、長い足を優雅に組みながら、けれどくつろいでいる様子はまったくなく、むしろ神経が張り詰めているように、見える。彼とわたしは小さい頃からの知り合いだけど、その幼馴染の目からみても、かなり苛立っているようだった。 「おまっ‥!ばか!そこはアニマートだっつーの。もっと元気に生き生きとやるんだよ」 「えええ!そんなこと言われても、できない!」 「ばかばかばか!あきらめるな!そんなのフィーリングでやればばかでもできるんだって」 「できない!それに、ばかっていう方がばかなんですー」 「屁理屈をこねるな。できないなんて諦める前に、もっと心を込めてちゃんと弾いてみせろ!」 今にも噴火しそうな勢いで、シリウスがわたしに注意を飛ばす。そんなこと言われたって、今朝方いきなりハッフルパフのテーブルにやってきて「オケやるぞ!はヴァイオリンやってたよな」と無理矢理第二ヴァイオリンというパートを押し付けられたら、わたしじゃなくても屁理屈を言いたくなると思う。ヴァイオリンをやっていたのだって親の薦めだし、習っていたのも歳が一桁の時の話だ。当然の如く、音楽用語も、知識も、技術もほとんど全てが色褪せてしまっている。それなのにも関わらず、いちいち注文をつけられても正直困ってしまう。自他共に認めるポジティブなわたしがここまでべこべこにへこんでるのは、言わずもがな、シリウスの厳しい特訓のせいだ。もう何度、ばかと言われたことだろう。教室の床をへこませてしまったことや、フィルチに脅されたときだって、ここまで不安にはならなかったのに。ああもう!なんでこんなことになってしまったんだろうと、目の前のシリウスを恨めしい気持ちでみつめてみる。けれどすぐに「ぼやっとしてないで練習しろ」と鋭い叱責が飛んできたので、思わず姿勢を正してヴァイオリンを構えてしまった。情けない事に、その声が厳しかったヴァイオリン先生に似ていたのだ。染み付いている条件反射みたいに、技術も備わっていたらいいのになあと思ったのはここだけの話。 *** 「まったく、あいつはなに考えてるんだか」 彼の忠告どおり“元気よく生き生き”を意識しながら弾いていたわたしに、シリウスがふっとぼやいた。どうやら彼も、わたしと同じように困ってはいるらしい。その事実に、なんとなく口許がにんまりしそうになったけど、あとが怖いので慌てて唇を噛んだ。また「ばか」呼ばわりされるのはごめんだった。 「あいつって?ジェームズのこと?」 「そう。昨日の夜、いきなり“エバンズがフルートで出場するらしいんだ!”とか自慢げに言い出して、挙句の果てには“僕もエバンズと一緒にやろうかな!”だからな。しかも、人数足りないとかで俺らも巻き添えにして」 はあ、と大きなため息を吐きながらシリウスが目を伏せる。彼も友人に振り回されて苦労しているんだなあと同情しそうになったけど、わたしもシリウスに振り回されていることを思い出したらそんな思いもなくなった。シリウスの慌てふためいている姿なんて、滅多にみられたものではないので、なんとなくかわいそうだと思うより、面白く思っていた。こういう風に悩んでいるシリウスは少し子供っぽくて、いつも感じる高慢さは消えている。そこに昔の彼の面影が垣間見れて、わたしは少し懐かしい気持ちになった。 今、ホグワーツではひとつの話題で持ちきりになっている。もちろん、今現在わたしを悩ませているオーケストラのことだ。ことの発端はわからないけれど、音楽好きのダンブルドア先生が開催を決めたのだろう。つい先月、校内のいたるところにポスターが貼られ、曰く、音楽好きの同士たちが一同に会し、すばらしい音楽に触れ、豊かな心と親交を深めようという催しらしい。それを初めて目にしたとき、わたしの頭には幼少の頃習っていたヴァイオリンが掠めたけど、長いブランクと、あまり目立ちたくないという気持ちから参加するつもりは毛頭なかった。それなのに、今の現状はなんだ。いきなり懐かしいいとこに呼び出されたかと思うとヴァイオリンを持たされ、気付いた時にはばかばか言われながら指導を受けてしまっている。一体、誰が予測できただろう?わたしに予知能力があればシリウスの強引な勧誘だってすり抜けることができたかもしれない。しまった、もっと占い学に励むべきだった。後悔先に立たずとは正にこのことだわ。平穏を何よりも慈しんでいるわたしにとって、オーケストラの一員になるなんて、まるで嵐のような展開だ。それに加え、まったくもってヴァイオリンはうまくならないし、無理矢理オケの一員として名簿に書かれてしまったし、シリウスは厳しいわで、わたしは随分へこたれていた。できることなら辞退をしてしまいたいけど、きっと目の前の彼が許さないことだろう。下手にいとこなんて繋がりがあるもんだから、久しぶりに話すというのに彼は容赦ない。 わたしはつとめて平然を装いつつ、けれどこうなってしまった経緯にほとほと呆れてしまい、はあとため息を吐いた。シリウスの友人、ジェームズ・ポッターのことは知っている。彼ら4人は校内でも有名だったし、何よりジェームズのリリーへの熱烈なアタックはとても強烈だったから。リリーとは寮が違うけど、列車で一緒のコンパートメントになったのがきっかけで、時々話したりする。そのとき50パーセントの確率で現れるのがジェームズそのひとで、目の前で行われる暑苦しい褒め言葉と告白には部外者であるわたしですら辟易してしまうものだ。それを、リリーは綺麗さっぱり無視しているのだから尊敬してしまう。きっとジェームズにフルートを演奏することだって、面倒になることになるのがわかりきっていたから昨日まで隠し通していたのだろう。催しはソロでもいいみたいだから、リリーは隠れて出場するつもりだったに違いない。それなのに、ジェームズときたら無理矢理オーケストラを組んだりして。そんなんだから嫌われるんだ。リリーを思うと不憫すぎて、そして巻き込まれた自分がかわいそうで、ため息はいくら吐いても吐きたりない。 「ふうん。だから今朝、いきなり来たわけね」 「恨むならジェームズを恨めよ。俺だって被害者なんだからな」 「でも、ちゃんとパートを全うしてるあたり、真面目だね」 わたしが茶化していうと、シリウスは急激に機嫌が悪くなって、口を噤んでしまった。わかりやすいヤツめ。なんだかんだ言いながら友達思いで、それなのにそれを認めたくないだなんて、シリウスもひとの子だなあ。なんて、親のような気持ちになってしまった。そういえば、ホグワーツ入ってから、こんな風に長い時間シリウスとふたりで過ごすなんて久しぶりだ。寮や性別が違うことを考えれば、仕方がないことかもしれないけど、実のところ少し淋しく思っていた。そういう面で見れば、ジェームズのある意味オニのような発案だって、ありがたく思えてくる。シリウスも、いとこというだけでそこまで関わりのなかったわたしを頼ってくれているみたいだし、ちょっと、がんばれる、かも(なんてったってわたしはポジティブなので、そんなことで頑張れてしまう。自分でもなかなか便利な性格だと思う)。あとどのくらいでオケやるのか細かいことはわからないけど、この曲はジェームズが選んできただけあってフルートがメインなので、ヴァイオリンのパートはそこまで難しくない。ほぼ初心者なわたしでも、二週間くらい練習してれば、大丈夫そうだ。あ、今なんか一筋の光明がみえてきた‥! 「ねねね、わたし、なんだか大丈夫なような気がしてきたよ」 「ほんとか?それなら良いに越したことないんだけどさ。でも発表あさってって、無謀な話だよなー。付け焼刃でもいいから、なんとかカタチにはしたいな」 「‥‥‥。ねえ、い、いま、なんて‥」 「ん?付け焼刃でもカタチにしたいよな、って」 「ちがう!あと、何日で、発表って、言った?」 「あさって」 「も、もういちど!」 「あさって」 「う、そ…」 オ、オニ!ジェームズのオニ! *** あと2日しか猶予がないというオニのような言葉に、あのとき恐慌状態にならなかったのは、精神的に余裕がなかったせいだ。それほどまでに、わたしは追い詰められていたといえる。まだ、一日目なのに、コレじゃ先が思いやられる。昨日予告もなしにシリウスにオケやるぞと言われた時は殺意が沸いたけど、元凶はジェームズなのだし、シリウスを恨んだって仕方がない。頭ではわかってはいるものの、今日も変わらずシリウスはビシバシビシバシスパルタ特訓で、いくらいとこと言えども、我慢の限界があるってものだ。「には美的センスがない」と言われた時には、さすがにヴァイオリンでぶん殴ってやろうかと、本気で思った。あさってまでの辛抱だ、と思えば、まあ我慢、できる。あさって発表と言う事実に、卒倒しそうになるけど、まあ我慢、できる。たぶん。 どうやって合言葉を調べたのかわからないけど、部屋で眠っていたわたしを起こしたのはシリウスだった。寝ぼけまなこのわたしを揺り動かして、今日も練習やるぞと言われた時には、泣きたくなった。昨日は押しに流されて練習と称し、授業のほとんどを休んでしまったけど、さすがに今日も、というわけにはいかない。シリウスは憎たらしいことに成績優良なのでそんな心配はないのだろうけど、わたしには大アリだった。進級できるかわかったものではない。みんなが最終学年になっていく中、わたしだけ6年生のままだなんて考えられない。というか、考えたくない。 「ねえ、わたし、本当に授業出ないとやばいんだけど」 「授業?テストさえ取っとけば平気だろ」 「それが平気じゃないからゆってんの!シリウス君、わたしの成績知ってます?」 「薬草学ではマンドレイクの叫び声聞いて気絶してたな」 「そう、かわいそうなことに、全部の教科がそんな感じ。お先真っ暗なのです。というわけで、進級が危ないの」 「ふうん」 「‥なにか言うことはないの?」 「なにが」 しれっとした風にシリウスが言うので、わたしは本気で殴ってやろうかと思った。誰のせいでヒイヒイいいながらやっていると思っているんだ。マクゴナガル先生のことだから、オケに集中したいので宿題の期限の延ばしてください、なんて最もらしいことを言っても、きっと受け付けてくれないに違いない。じっとりと恨みがましい目で睨んでいると、無表情だったシリウスがやれやれと言った感じに言葉を吐き出した。 「いいよ。勉強、みてやる」 「ほんと!じゃあまず明日提出の変身術のレポートを‥」 「却下。オケが終わったらな」 「それじゃあ期限すぎちゃう!」 「練習優先。宿題くらい普通にやってすぐ終わるだろ」 それはシリウスだからであってわたしはそうはいかないんです。というわたしの不満は、空き教室のなかで響くシリウスのヴァイオリンの音色に、綺麗にかき消されてしまった。 今更だけどシリウスはほぼ初心者のわたしが惚れ惚れとしてしまうほど、上手かった。彼は主旋律を担当するのだから、上手いに越した事はない。けれど、羨ましく思うのと同時になんか、悔しく思ってしまう。そりゃわたしはへたくそで、美的センスはないけれど。 「スーパースター」 うわごとのようにシリウスが言った。 「お前、スーパースターになりたいの?」 「な、なんで」 「部屋にあったのみた」 どうやら朝勝手に部屋に侵入してきた時にみつけてしまったらしい。にやりと口許をゆがめてシリウスが笑うので、わたしはなんだか恥ずかしくなってしまった。普通に考えたら女子寮に勝手に入ってきたシリウスの方が恥ずかしいに決まってるのに、願望というか、秘密を握られてしまったみたいで、うっかり顔が赤くなる。 「そんなに照れるくらいなら、読むなよなー」 「う、うるさい!」 「スーパースターへ憧れるさん。俺たちとオケで成功を収めてみませんか」 かしこまった風なセリフと共に手がまっすぐ伸びてくる。別にスーパースターになりたいわけではないけれど、気づいたときには伸ばされた手を握っていた。なんだかうまく乗せられてしまったみたいで、その手の感触を感じたとき、しまった!と思ったけれど、同時にまあいっか、なんて気持ちになっている。不思議だ。シリウスとした握手は、まるでこれからの命運を共にする相棒とする握手みたいだった。 *** そして、あっと言う間にオケ当日。全体であわせるよりもパートごとの練習を重点的に置いていたので、みんなであわせて演奏するのは初めてだった。当日にこんなことでいいのか、と思ったけど、ジェームズの言った“あくまでメインはリリー”の言葉に、なんだか、どうでもよくなってしまった。リーマス曰く、このオーケストラはリリーのための、リリーを慕う者たちが集まってできたものということになっているらしい。君の演奏に感動したんだとか本心だか下心かは定かじゃないけど、そんな風なことをジェームズが言って、渋るリリーにオケを承諾させてしまったらしい。なんて自分勝手なんだろうと、怒るどころか呆れ果てて文句も言えなくなってしまった。ジェームズにリリーのことで注意なんて、馬の耳に念仏をするのと同じだ。風雲急な二日間だったけど、自分なりに頑張った方だと思う。まだまだ粗があってシリウスに怒られたりはするけど、それも格段に減った。たぶん、彼の提示した宿題みてやるという餌のおかげだと思う。人間、見返りがあると頑張れるものだ。 「シリウス。約束ちゃんと守ってよね」 リハーサルが終わって、即席オーケストラにしては上出来な仕上がりに気を良くしたわたしは、きっちり正装したシリウスに念を押した。シリウスは初め何か言おうとしていたけど、渋々頷いてくれた。よし、これで進級については心配なしだ。これで、演奏に集中できる。個人的な技術については、まだ不安が残るけど。あ、なんか、急に緊張してきた、かもしれない。きょろきょろしていると、シリウスと目がばっちり合ってしまった。 「なにお前、緊張してるの?」 「してない」 「うそつけ。‥でもまあ、自信持てば?上手くなったと思うぜ」 わたしの心を見透かしたようにシリウスが目を細めてそう言った。初めてシリウスに褒められたわたしは信じられない気持ちに口がぱくぱくしてしまって、案の定笑われてしまった。わたしたちの前のオーケストラの演奏が、終わった。緊張のあまり、演奏も耳に入らなかったので、リリーの「ほら、。わたしたちの番よ」という言葉に、我に返った。 「心配しなくても、大丈夫よ」 リリーが優しく背中を押してくれる。その柔らかい微笑みに自信付けられて、自然と顔がニッコリする。暗幕で覆われている舞台にあがり、楽器のチューニングを始める。いろんな楽器の、さまざまな音に、わたしは今更これからここで演奏するんだと実感した。 「ねえ。ちょっといい?」 「ジェームズ?どうしたの」 「ん、伴奏のところでお願いがあって」 ジェームズが視線で舞台裏に来るよう合図したので、その後をついていく。みんなの姿がみえなくなったところで、ようやくジェームズが口を開いた。いやににこやかなのが気になる。 「は知ってる?どうしてシリウスがユウを第二ヴァイオリンに選んだのか」 「それは、わたしが昔ヴァイオリンをやっていたからじゃないの?」 「でも、ホグワーツにはもっと上手い人はいるはずだよね。だっては、ほとんど久しぶりにヴァイオリン触ったんだろ」 「う、うん」 そういえば、よく考えれば、あんなに生徒がいるんだからヴァイオリン経験者なんてたくさんいるだろう。その中にはわたしなんかより何倍も上手いひとも、いることだろう。それに第二と言えども伴奏や、低音を担当するので、第一ヴァイオリンと同じように重要で、技量の試されるパートなのだ。そんな大切なパートを、トラブルメーカーなわたしに任せるだなんて。ジェームズの問いかけに、わたしは自然と首をかしげていた。 「僕もさ、言ったんだよ。より上手い子なら他にいるんじゃないって。あいつと同じ、しかもふたりしかいないパートだって言ったら女の子なら喜んで弾きたがるだろうしね」 確かに。シリウスは色々と女の子にもてる要素をたくさん持っている。現に、秘密にしていたにも関わらずこの二日間授業をさぼってシリウスとふたりで練習しているということを、どこで聞き付けたのかはわからないけどルームメイトの女の子にそれとなく探りと入れられたりもした。そんなシリウスが一声かければ、立候補する女の子はたくさんいることだろう。それなのに、どうしてわたしに? 「そしたら、シリウスはなんて言ったと思う?以外の他の女に、任せられないって」 *** 「お前、顔がにやついてんぞ。‥ジェームズに何か言われたのか?」 「なーんにも!」 ニコニコ顔のわたしに、シリウスは怪訝な表情で首をかしげた。あんな可愛いこと言ってくれたなんて、嬉しすぎて単純なわたしはシリウスを見るたびにニッコリしてしまう。彼は「変なヤツ」と零したけど、それを咎める気持ちはなかった。可愛いヤツめ。そうだ、このオケが終わったらベッド脇でよれているセーターを綺麗に編みなおそう。そうして、お礼としてシリウスにプレゼントしてやろう。 チューニングの音がやんで、それぞれが楽器を構える。あっと言う間の二日間だった。ジェームズの思いつきには目が回ったけど、楽しかったし、何よりシリウスの意外な一面も見れたことだし、よしとしよう。 ちらとシリウスに目配せをする。「なんだよ、スーパースター」揶揄しながら、暗幕が引かれるのを待っているシリウスに、わたしは綺麗に微笑みながらそっと囁いた。 「わたしを選んでくれて、ありがと」 するすると暗幕が引かれる。ここまできたなら、やってやろうじゃないの。わたしはジェームズへと鋭い視線を送っているシリウスの肩を、ぱしんと軽く叩いて我に返したあと、弦を持つ手に力をいれた。シリウスは暗幕が開ききるまでの数秒間、わたしに向かって気まずいような、居心地の悪いような顔をしていたけれど、すぐに気を引きしめた表情へ戻る。きっと、この演奏は成功すると思う。少なくても、わたしとシリウスは後悔をしていないから、迷いのない音色を奏でる事ができるはずだ。もう一度目を合わせたら、今度はどちらともなく笑い合った。 さあ、スポットライトと音色の彩る、きらめきの世界へと出かけよう。 |