始まりの音がする。




メトロノームの音なのか、

タクトの音なのか、


それとも、

ノックの音なのか。








私は(常任指揮者ジェームズさん率いる)オーケストラのライブラリーの仕事をしている。
元々は目の前にいるみんなのように、オケの一員として演奏するため音楽学校に入った。
でも、卒業したらオケに入れる訳でもなく、なかなか厳しい就職先といえるんではないだろうか。
それに私はピアノ専門だったから協奏曲という形でしかオケに加わることが出来ない。
私もあぶれてしまったうちの1人だったというわけ。

早々に諦めたのは、早くも自分の限界を感じてしまったのと、
音楽に関われるのなら仕事はなんでも良かったからだ。
雑用が多いけれど、練習の段階からオケの演奏が聞けるのは私の特権だと思う。
だから、なんだかんだで私はこの仕事に満足しているのだ。




「うん、じゃあ今回の定期演奏会でやる協奏曲の楽器を発表するよー。
 まず、オーボエ「ああ!?」・・・何かな、シリウス」

「嫌だ」

「君の意見は、却下だよ」

「なんでだよ!」

「じゃあ聞くけど、それは正当な理由かい?」

「・・・」

「そらみたことか」

「てめぇ、いい気になるなよ!」

「お前こそ、コンマスという席でふんぞり返って、とちらないといいがな」
(ああ、相変わらずの喧嘩だなぁ・・・)

「はいはい、そこまで。

 次は、フルートだよ!」

「「「協奏曲の楽器まで贔屓するな(しないで)」」」

「えーでも」

「フルートはこの前もやったでしょう?」

「ちぇー。・・・まあ、冗談なんだけど、ね。
(嘘だ・・・!目が本気だった・・・)
 2つ目のはコントラバスだよ」

「え、僕!?」

「他に誰がいるってのさ。初だしね、頼むよピーター」

「う、うん!」

「おいジェームス、ピアノは?」

「うん、それなんだけどね」

「リーマス、都合でも悪いの?」

「いや、ちょっとね・・・。
(え・・・!)
 まだ検討中なんだ」

「それなら他のピアノ奏者を入れればいいではないか」

「それも考えたけど、今度の公演までに十分時間があるとは言えないんだ。
 僕たちと一番あうのはリーマスだしね。それは君だって分かってるだろう?セブルス」

「・・・ああ」








リーマスさんが、来ないかもしれない。
現にいつもミーティングに忘れず顔を出すのに、
今日はいない。
物凄く残念に思っている自分がいて、ため息が出そうになる。
楽譜をみんなに配りながら、ちらりとある場所に目をやる。
彼がいつも座っている椅子。
彼はいつも端の方の、それでもみんなとの距離は近い場所にいる。
見守るように、楽しむように、愛しむように。
そんな彼に惹かれるようになったのは、いつのことだろう。


リーマスはこのメンバーがそろったときと同じくらいに、このオケで弾くようになった。
同じ楽器だからと、興味を持っていたのということもあるけど、
1音1音を大切に丁寧に弾き、それでいて重すぎることのない彼の演奏は、
すっかり私を虜にしてしまっていた。


・・・そんなことは軽々しく言えたものではないけれど。


ミーティングも終わり、私は事務所へ戻った。
コンサートのパンフや宣伝の案を詰めなければ・・・。
ピアノのことを思い出して、また胸がちくりとした。






こんこんこん


私が事務所に入ってからどれくらい経ったのだろうか。
ドアをノックする音が聞こえる。
出迎えたいところだが、生憎手が離せない。
はい、どうぞ入って下さいと促すと、少しの間の後
がちゃりとドアの開く音がした。


「やあ、。忙しかったかな?」

「あ、ジェームズさん!ごめんなさい、今手が離せなかっただけです。
 お茶、いれますね」

「ああ、ありがとう」

ここで遠慮しないのが、ジェームズさんらしくもあり、ジェームズさんの良いところだと思える。
でも、何の用だろう・・・。プログラムの変更でもあったかな?


「はい、お待たせしました」

「ありがとう、急に来てごめんね」

「いいえ。それで、何かありましたか?」

「うーん、いや、ちょっと、ね」

・・・?なんだろう、ジェームズさんにしては歯切れの悪い返事。
(彼には快活、饒舌なイメージが定着してしまっている)


「・・・何か、企んでません?」

「いや、ないない。リリーに誓って」

「神じゃないんですか・・・」

「僕は神よりリリーを信じてるからね」

でたよ、リリー馬鹿。失礼な言い方だとは思うけれど、しっくりくるからそのままだ。
・・・もちろん、心の中で、だけど。
(シリウスさんは遠慮なく、だ)

リリーさんも大変だなあ・・・。


「でね、話なんだけど」

「はい」

「今回の協奏曲、どう思う?」

「どうって・・・」

「思ったままで良いよ」


思ったままで良いって言われても、
ジェームズさんはジェームズさんなりの考えがあって、今回のようにしたんだし、
私がめったなことを言ってしまってもいけない・・・。
私がなかなか話せないでいると、
じゃあ、質問するよ、答えていってね、と言われ、私は素直に頷いた。


「じゃあまず、オーボエ」

「・・・良いと思いますよ。セブルスさんは正確に繊細に吹かれる方だから、曲も合ってると思いますし」

練習中に、シリウスさんといざこざがなければ、という本音は、言わなくても分かっているのだと思う。


「ふうん。じゃ、コントラバス」

「多少、不安はあります。でも、ピーターさんも実力はあるし、なにより素朴で率直な音は
 誰にも好感を持って貰えるはずです」

「ピアノは?」

・・・!心臓がぴくりとはねる。
ジェームズさんはいつの間にか、真剣な目でこちらを見ていた。


「・・・、ピアノはリーマスさんでなければ今回は見送った方が良いと思います。
 うちのオケは協奏曲が多いですし、リーマスさんのファンも多いでしょう。
 ヘタに他のピアノ奏者を呼ぶよりは、無難かと・・・」

「それだけ?」

「それだけって・・・」

そんなこと言われても、他に何を言えと!?
指揮者であるジェームスさんの前で、個人的な意見を言えるわけがない。
(さっき言った中にも、主観的な意見は確実にあったけど・・・)


「じゃあ、僕をただの友達だと思って、
 が、どう思うか、言ってみてよ」

が、の部分を強調して言った。
・・・なんなんだろう、ほんとに。
(私の想いを知って、)試してるように聞こえるのは、私の気のせいかなあ・・・。


「私としては、なぜ、リーマスさんが今回に限っていないのか、気になります」

「なんで気になるのかな」

「リーマスさんはこのオケと付き合いが長いっていうこともありますけど、
 彼の演奏が好きだから、なんていうか・・・」

「ていうか?」

「・・・寂しい、っていうんでしょうかね」

そこまで言って、私はハッとした。
みればジェームズさんは真剣な面持ちから一転、ひどく面白そうにニヤニヤしている。
・・・分かりやすすぎる誘導尋問に、いとも簡単に引っかかってしまった。


「・・・で、何を企んでたんですか?」

「企んでた、なんて心外だな。君が素直に喋ってくれただけだよ?」

(・・・タヌキ)理由は、なんですか?」

「今回ピアノ協奏曲をリーマスが弾くかどうか、君が鍵だったからだよ」


「はい?」

話が見えない。
何故私の言葉が鍵、なんだろう。
そりゃ、私の言葉でリーマスさんが演奏してくれるならいくらでもいうけど・・・!
(ちょっと言い過ぎた、少なくともこの人の前ではもう言いたくない)




「ま、あとは、ドアの向こうのリーマスにでも聞いてよ」






「・・・、わんもあ、ぷりーず」

「だから、リーマスに直接聞いてってこと」




な、なんですと!?
ということは、つまり、えーと、



「全部聞かれてた・・・?」

「うん、聞いてた」





ばつが悪そうに笑うリーマスさんが、
本当のタヌキだと知る、ほんの少し前のこと。



「もう一度、面と向かって聞かせて欲しいな」

「・・・あなたのためでしたら、何度でも」









楽譜は忘れていないかい?


さあ、楽器を持って、持ち場について。



楽しい音楽の時間の始まりだ!









lento
(2つの片思いは、1つになって新たな曲を奏でる)



「はいみんな、注目ー。リーマスが協奏曲弾けることになったから、そのつもりで」
「なんだよ、急に」
「・・・さっきの、僕とリーマスが考えた戯曲だって聞いたら怒る?」
(まったく、リーマスも大した役者だよ・・・)

「・・・理由にもよるわね・・・」
「で、何なのだ一体」

「リーマスによる、片思いのためのカデンツァ」
(つまりは、あの子がリーマスをどう想ってるか知りたかっただけっていう・・・ね)







lento : 気楽に遅く
戯曲 : 演劇の脚本・台本。人物の会話や独白、ト書きなどを通じて物語を展開する。また、そのような形式で書かれた文学作品。ドラマ。
カデンツァ : クラシック音楽においては、楽曲の終曲部分の無伴奏の独奏を指す場合もある。

(素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました!音楽用語に関しては微妙なニュアンスで使っていますので、突っ込まないでやって下さい・・・。)
2007.11 白月優奈 拝