(月と花の童話)

 もうかれこれ、六、七百年ほど続く物語になるだろうか。
 長い話だ。
 そう黄金の髪をした青年は前置きをした。
 光のあふれる茶室である。彼は構わないと答え、その異国からの稀人を改めて眺めた。平戸が開かれて以来、ずいぶんと交易は賑わっている。彼らの目はビードロでも嵌めたように色とりどりで、その中でもこの青年の目は特別緑が鮮やかに思えた。
 異国の物はおもしろい。うつくしい。あいらしい。奇妙だ。便利で、へんちきりんで、しかし飽きることはない。『かれいどすこぉぷ』なるものが、彼は大変にお気に入りである。

 その長い話の間、背筋を伸ばし、まっすぐに彼は正座していた。囲炉裏で小さく、火が燃えている。彼の髪も同じようにまっすぐ、彼の背中に向かって垂れている。髷は結うてくれるな、髪は上げてくれるな。大和に国ができる前から、彼は童子のように髪を下ろしたままだった。どういうわけか、時の覇者はみな彼に幼形を保ってほしがる傾向にある。
 この国にいる誰よりも年長であるにも関わらず、彼の外見は若い葵のような涼やかな青年武士だった。

「………それはそれは、」
 話が終わって、彼はきょとりと黒曜石の目を瞬いた。
 興味深い話であった。バテレンが入ってきてからと言うもの、西洋のそういった類の話が聞こえてこないわけでもない。しかし同じ立場の"国"の青年から聞かされるとなると、ずいぶんと現実味を帯びて感じられた。
 月の髪をした華の都を抱えた国の男と、菫の花の娘。彼らの瞳もきっと美しいガラス細工の色、しているだろう。想像して、思わず感嘆のため息が出る。しかし元来の涼やかな表情が崩れる様子はなく、青年からは少し息を吐いたようにしか見えまい。
「私に話されてよかったか?」
 茶を点てながら彼が尋ねる。
 青年は正座をとっくの昔に崩し、胡坐をかきながらまだ足の裏が痺れでもしているように、ずっと畳の縁を見つめていた。
「…俺の他にこーゆーのに詳しそうっつったら、お前か王くらいしか思い浮かばなかったからな。」
 青年は少し苦笑した。立派な眉の間に寄った皺が、少しほぐれると途端幼く見える。

「なるほどそれでわたくしか。」
 言いながら少し笑って彼は柄杓を置く。
 確かにこの国には、それこそこの青年が"生まれる"より以前から、遥か古えから続く呪法や不思議、怪異の知識が多くある。力が物を言う以前は、それらの人知を超えるとされる"力"が、まつりごとを行っていた。

 釜からは湯気が昇っており、青年の前に白い茶が置かれる。
 そっと差し出された茶に、一度小さく青年が頭を下げた。重たい器を大きな手のひらで包んで、青年は作法に則って茶を口に含んだ。器を褒めることも忘れない。漆黒の器には茶の色がより白く映える。
 剣を持つ手だとチラと彼は考えながら、前に一度教えただけであるのにきちんと茶の湯の作法をこなす青年に感心していた。それでこそ最上級の茶と気に入りの茶器でもてなす甲斐もあるというものだ。それと同時に、自らにそのような打ち明け話をした理由にも納得をしていた。
 どうおもう、と尋ねられ、彼は再び居住いを正した。

「………おそらくあなたの考えている通りだと思う。…彼はその娘を"取り込んだ"のだ。」

 青年には彼の目が、黒く、黒く、夜空のように不思議に発光して見えている。外見は青年、下手をするとそれと少年の狭間くらいに見えるものなのに、その目ばかりが、重ねて来た数多の歳月を物語る。神秘な国だ。櫂で海面を探るような底知れなさと、狐狸を相手取るような老獪さ、それからそれから静けさの底に潜む苛烈さだ。つい最近まで、正確にはいまこの時も、未だ乱世であるこの国は、若く猛々しい力に満ちて、なのにその経過した年月の分だけ底を知らせず静まり返っている。
「ああ。それしか考えられない。だが…、」
「是。おかしい。仮に人が国の一部となったとて、不変性を持つはずがない。我々もまた、移ろい、変わりゆくもの。」
 彼は自らの胸を手のひらで指示して静かにそう言った。
「そうなるとその娘は我々国家とも違う、もっと大きな不変性を―――永遠に近いような時間軸の存在に取りこまれているか同化されているか……それともまさか本当に、まさしく"時を止めた"のか、いずれか。しかしその存在も方法もとんと見当もつかぬ。」
 最後はほとんどひとりごとのようだった。
 高く庭から、獅子脅しの音。ちょうど話に一呼吸置くような、絶妙なタイミングである。
「……なぜその娘が"そう"なったのか……心当たりは?」

「悪魔が一枚噛んでる。」

 青年の苦虫をかみつぶしたような顔に、おや、と彼は笑う。
「ほう?…憑き物、ということだろうか。」
「いや、そういうわけじゃない。あれが入っててがあんなかわいいわけがない。なにかろくでもない入れ知恵したのは間違いないが … それがさっぱりでな。まったくあんのクソ馬鹿女!」
 思わず膝を叩いた青年に、ふふと再び、少し彼がわらった。先ほどとは少し違う微笑の仕方だった。「お知り合いか。」「それこそろくでもない、な。」アーサーの方も、それに対して少しニヤとわらう。
「アーサー殿も大概人が良い。」
「ばっ…!!!あ!あのクソ悪魔に好き勝手されたままってのが気にくわねぇだけだ!」
「そうですか、」
「そうだ!」

 そういうことにしておきましょうか、ねぇ?
 そう言う彼の目がやはり夜闇の静けさを湛えて燃えるのを、青年は緑の目で見た。