(月と花の童話) |
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なぜ、と問われて当然に少女は答えた。 「あいしているから。」 緑の庭は光に溢れて、その中に紛れて消えてしまうように、あたりの明るい光から浮き立つ影のように、少女は立っていた。 その瞳はまっすぐに迷いなく、どこか諦めきってもいるようだった。それでもなお抗うように、爪を立てるような力のこもった眼差しだ。どうしてそんな目ができる。お前はただの、人間なのに。 その思考を読んだように、少女の形をした女がわらった。 「ねえ、にんげんの、おんなというやつは、おそろしいでしょう。」 自嘲気味に歪められた、微かなほほえみ。それでもなお美しいから、女と言うのは性質が悪い。般若のように美しいその女。それをまっすぐに見返しながら、ああとアーサーは静かに答えた。いつもお前たちがおそろしい。どうしてそんなに残酷で、どうしてそんなに情け深く、どうしてそんなに弱く強い。矛盾ばかりの生き物だ。どうしてここにいないのに、こんなにも強い眼差しで、生きていると思わせるのか。 「私たちをどうするつもりなの、アーサー。」 「俺にもわからないんだ…魔法の解き方が見つからない。」 「ならどうぞ、このまま放っておいてほしいの。」 「どうなるかわかっているのに?」 うっすらと少女が微笑して頷く。長い髪が風に靡いて、白い花が揺れた。かつて貴族たちが踊ったホールにも、隠れて遊んだテラスにも、今も変わらず花の溢れる庭園にも、今は物珍しげにカメラを手にした人々ばかりが溢れている。その楽しげな喧騒のなかに紛れて、少女は時に置き去りにされたまま、背筋を伸ばして立っている。少し大人びて見えるベルヴェットのワンピースも、髪を結んだ白いリボンも、どれもそこらにいる少女に見える。当たり前に陽の光を受け、笑い声をあげて、明るい花のなか、成長していくはずの少女に。 「だからせめて最後の時まで、あの人の傍にいたいと思うのはだめなこと?」 「…あいつはお前を永遠に手に入れたと信じてたんだ。」 「でも違うと気づいたじゃない。」 突き放すような声の調子。少女はいつも残酷だ。 「そうしてなにもなす術がないことだって知ったじゃない。」 それよりずっと長生きの魔法使いにも、返す言葉はない。そんな風な方法で、誰かを愛したことが彼にはなかった。それはとても正しいことで、とても清らかで優しい、かなしいけれど美しいことだったかもしれないけれど、どうしてだろう、時折愛だと言ってやまないその狂気じみた執着に狂って踊る少女と男を、うらやましくすら思うのだ。 「だからこのままでいいのよ。」 悲しみは見ないふりをして。近く来る終わりには目を塞いで。何も知らないふりをして。そうしてしあわせなふりをして。 「それでいいのか?」 「それしかほかにないじゃない。」 「だが、お前、」 アーサーの緑の目が気遣わしげに歪む。 「お前ほとんど死にかけてるじゃないか。」 その言葉に少女はケタケタとめったあげたことのないような、少しヒステリックな笑い声をあげた。「馬鹿ね、」 嗤う口元は歪んでいる。 「馬鹿ね、アーサー。とっくに死んでるのよ。」 彼女の心臓は止まった、呼吸は止まった。もうその血は廻らなくなって数百年を数え、その目蓋が閉ざされて同じだけの時が立つ。ただその体は、腐ることも損なわれることもなく、氷の下、こおりのした。 それでもお前はここにいるじゃないか。歪められ、間違った、奇妙な、ありえないような、奇跡のような危ういバランスの上に偶然成り立った存在の仕方だ。それでもお前はここにいて、日々を過ごし、その一日いちにちを記憶していくじゃないか。幾ら愛していても、そうして日々を過ごしてそれがいつか終わった日、お前が愛したその記憶も、やはりお前と共に消えてしまうじゃないか。 「ただしいかただしくないかなんて、問題じゃないの。」 幼い子供を諭すような微笑だ。ようやっとその狂気めいた笑い顔をおだやかに静めて、花の中、微笑む少女はであったときと変わらず美しい。 「大切なのはね、」 そこからさきは風に紛れて途切れた。 それでももちろん、彼にはその続きが知れた。 |