(月と花の童話) |
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使い古されて黴の生えた陳腐なその言葉を、涙交じりに彼が呻く。 それがたとえ、どんなにか安っぽく、ありふれてどこにでもあるただのくだらない愛の言葉でも。 それでもやはり、わたしにはその言葉がどうしようもなくいとおしい。 成長することをあきらめる代わりに、独占したかったもの。それでいながら一等それから遠ざかり、それでなお手に入れたものがかつてあった。それは我と我が身を焼き、彼女を醜い怪物にした。あるいは最初から、生まれた時からそうだったのかもしれない。彼女という人間の中に息を潜めていたその獣を、彼が見つけた。少女が美しい青年の中に、うずくまる醜い影の塊を見出したのと同じように。それをかなしいと、抱きしめたく思ったのと同じように。 痛い?苦しい? そう尋ねる眼差しは、どれだけ時を経ても変わらず優しい。 彼女はもう苦しみの外、穏やかな円の中にいる。だからあなたのしあわせ願っているわ。せめてどうぞいつまでも健やかに。そう微笑めたらどんなにか美しくいられただろう。私はだいじょうぶ、そう言えたらどんなにかいいだろう。ひとりじゃ眠れないと、駄々を捏ねられるほど、幼ければよかった。そうするには歳月を重ね過ぎた。ああどうしてこんなにか苦しいのだろう。消えてゆくその間際ですら、あなたがいとおしい。眠たくなんてないわ。いつまでも起きていたいの。出て行きたくなんてない、いつまでも小さな部屋の中、まどろんでいたいのに。 「フランシス、」 だってこの人は、あの星月夜の晩、花の中、星の中、夜のなか、暇を持て余しそれでも震えるほどにうつくしかった。 最初からこいをしていた。 ずっとそれからあいをしている。 愛は美しくなどはなく、燃え盛る地獄の業火と同じ。 その炎のなかでだけ、この人のほんとうの姿が見える。牛のような顔をして、蛇のような長い舌、星の瞳は悲しい鬼の色、呻く声は地の底から響くように悲しく、沼地に小石を投げ込むような、そんな途方のない心地する、ぬるい風纏って、長い角はねじくれて、それを隠そう隠そうと、長い爪、毛むくじゃらの手で必死に隠そうとしているかわいいわたしの怪物。もつれた闇の塊。 噫、でもそれは、最初から、そうだったのかしら? それともそれが私のせいだというのは、きっと自惚れだ。彼は最初から、身内にその化け物を宿していたのだ。彼女はそれを見つけた。彼は少女の前に、その彼自身の半神を投げ出した。 しかしそれすらすべて、過去のことになる。 かつて少女であった女は、急速に水分を失ってゆく咽喉を絞った。 眠りたくない。苦しみを捨てたくない。喜びを忘れたくない。それらはすべて彼女にとって同等の意味を持った。あいしていると彼は壊れたレコードのように繰り返す。それしか知らない子供のように。 馬鹿ね、あなた、いったいどれだけ生きてきて、そんな子供の形しないで。 「ふらんしす、」 ああいやだ、私の手、こんなだったかしら。 フランシスの美しい白い頬に、ほっそりと白い指先が添えられた。けれど彼女には、それが骨だけのおぞましいものに写る。若い彼の頬に、その手はぞっとするほど不釣り合いに見える。骨だけの亡霊。 ねえ魔法使い、あなたが正しいとは、私やっぱり思わないわ。ねえ優しい友達、私が正しかったとは、やっぱりそれでも、思えないわ。ねえ、悪魔、私たちの不幸は、しあわせは、おいしかった? はたはたと頬に水が落ちる。 噫こうやって、あなたに送られることを、恐れずに選べるほどあのころの私は強くはなかった。今もなお、口惜しい。泣きたいのは私のほうよ。 ねえ。 うっすらと微笑む女は、少女のように清らかに透き通っている。 「また、ね。」 穏やかにその目と声が微笑んだ。こんなに穏やかに凪いで美しいのに、彼女の内側はそれでもなおまだ消えることのない炎が燻っていた。 これだから嫌だ。くるしいくるしい、くるおしい。なんだってこんなときまで、きっともう顔の筋肉などすべて風化しているっていうのに、女っていうのは自分を美しく見せたがっていけない。百年経って白百合に生まれ変われるほど、私の生はうつくしくはなかった。またっていつよ?毒づきたいのはたぶんあなたより私のほう。それでもこう言わなきゃ、あなた、ずうっといつまでも泣いてしまうじゃないの。世話のかかる人。 ただその炎の色も温度も、どうにも透き通って春風のようなのだ。 いつまでも醜く、その生にしがみついていられたのなら。菫の目から涙が落ちた。 また。この言葉がきらいなの、しっているわ。 それでもねえ、ほんとうに、またがあるなら。こんな時ですら、長く生きた頭が水を差す。またなんてない。九百年生きて、ひとりだってかえってなんてこなかったじゃない。わたしだってそうよ、もう帰ってこない。 さようならを言おうとした唇が戦慄いた。そこからなにか読み取ろうと、男は必死に涙にかすむめを見張る。 噫。 「ねむりたく な」 いなぁ。 ふらんしすのめだま、なきすぎてとけてしまいそう。 ずっとおきていた いの、ねむ り たく |