白い塀の上を、君はしなやかな猫のように、あるいはサーカスの少年のように、バランスをとりながら歩いた。 「…俺?」 尋ねられて君は笑い、左の横顔を百色の夕日が照らしていた。桃と橙が少しばかり他より勝る。へにゃりとした笑顔。君は笑う。そうだなぁ、と歌うようなひとりごと。もも色の日光、じき海の向こうへ見えなくなる。くるりと足場の悪い塀の上で、君はステップを踏んで歩く。踊るような足取り。 トン、タターター、ルンタッタ、トン。 「そうだなぁ、俺、春が一等好きだよ。」 春が好き。春は好きだよ。明るいから。 白い花、赤い花、きみに摘んであげる。 君の目は時折、はるかなわだつみよりも遠いところを見るね。そっと横目でうかがうと、君は少し微笑んだまま、どこかの誰かを考える眼をしていた。 お前のことを考えると、どうしてかな。さびしいね。砂浜のずっと先に、花が咲いているよ。いつかきみが摘んで、輪にして編んだ花だね。なのにどうしてかきみはいない。渡り鳥は南へ飛んだ、コンパスは変わらず北を指す。夏が過ぎたら秋が来て、秋が去ったら冬が来る。メリーゴーランド、回るように、お空のお星様、廻るように。変わらず冬が来てまた春が来て。 けれどいったい何になる?春になるからなんになるの?きみはいない。いない。きみがいない。 春が好きだという君の、こころが透けてみる。黒い帽子にマントの彼が、いないことを無邪気に彼は不思議に思い、そして残酷にさびしく思っている。彼は世界にわがままだ。 「俺ねぇ、春が一等好きで、一等嫌い。」 この答えじゃ困る?少し眉を下げてあどけなく笑った彼はそのまま帽子をポォンと宙に放って、あは、と少し声にして笑った。 君の目は猫みたいね。音に出さずに呟くと、ひとりごと、お花の雲になった。海岸沿いの真っ白な石の塀。その上を君が歩き、その下の歩道を私が歩く。海の音が聞こえる。大気をも、百色に染めて太陽が沈む。金色の粉、撒き散らしながら沈む。塀に隠れて私からは水面は見えず、「落ちるならこっち側にしときなね。」と少しだけ笑った。 「ヴェ、りょーかい。」 君は挙げる手を逆に敬礼をし、眼を細める。とろけたお日様の笑顔だね。鴎が家へ飛んで帰る。「でも俺が落っこちてきたら、、潰れてしまうね。」と君が言うので、「潰れてもいいよ」 「嘘だぁ!」 「ほんとだよ」 「痛いよ」 「平気だよ」 「だめだめ、」 ワルツのステップ。道路には影法師、あわせてくるりと踊って見せる。 「今晩踊る相手がいなくなっちゃうでしょ。」 両腕をゆったりと広げて、ワルツのステップ。春はまだ途切れることはなく、しかしやがて鮮やかな緑を伴って夏に終わる。緑は切れば息を呑むような赤を流すだろう。 ねえ君、私もいつかとぎれる。 ふいに塀が途切れる。目の前に白い砂浜が広がる。珊瑚礁の海。 、相手がいなくちゃワルツはおどれないよ。冗談めかしてそう言って、横目で君はチラリと笑うと、ふわり、跳んだ。 何事もなかったようにそのまま隣をてくてくと歩き出す。ああほら、一番星だよ、お前、あの白が見える? 本当にきれいな夕暮れで、東の空はすっかり青い。白い砂浜を、君が手を差し出して振り返った。 さあお嬢さんお手をどうぞ。 君が私の手を取って、夕暮れの隙間に滑り込むような軽やかなステップ。翻る音の波。近くで君が笑い、少し恥ずかしくてうつむいた。真新しいバレエシューズが砂を踏む。白い靴、かわいいね、白いドレスもすてきだね、珊瑚のピアスも似合っているよ。言葉はどこか遠く、海の向こうから響く。 なにも言わず、砂浜でまわる。君の足取りは軽く、つられる私の足は雲を踏んだ。くるくると世界が回転を始め、やがて君しか見なくなる。風に解けて、色鉛筆の輪郭になる。透明な水色の花を見る。 踊ろう。いつまでもいつまでも踊ろう。と君の目が囁き、肩口から白い花がこぼれ落ちて風に舞う。ワルツの相手にお前を選んだ、だから踊り続けなくてはだめ、踊り続けなくては。いつまでもいつまでも、俺と踊るんだよ。君の目がささやく。 その髪を照らす最後の西日、赤いほのお。三日月なら東に昇った、お日様は今西へ沈んでく最中。過ぎてゆく過ぎてゆく、春の時間の上で太陽と月のダンス。 「るん、タターター、たん」 君が歌う不定形の。 砂浜では踵、鳴らせやしないけれど。 「たったー、」 どうぞやめないでね。 「るん、」 最後の陽が落ちるまで。 「たたん、」 「たん、」 |
(ビーチと白猫とゆるやかなワルツ) |