02.毛布の中で

 教会の屋根は白い。空の雲も白い。彼のシャツも、子供たちのシャツもワンピースも白い。お日様の光を反射して、鳩に似ている。

「フェリお兄ちゃん、遊ぼう!」
「あそぼう!」
「うん、遊ぼー!」
 子供たちがまとわりつくように、彼にじゃれついている。それを見かけた洗濯中のシスターが、足を止めてころころと子供のように笑った。
「あら、すっかり人気者ですねぇ。祖国。」

「そこく?」

 彼の足元で、シャツの裾を掴んで、ひときわ彼から離れようとしない子供が、不思議そうにその言葉を繰り返す。
「ん?」
「そこくって、なに?」
 そう尋ねられて、男が不思議な、笑い方をした。
「ん?ふふ、おれのこと」
 不思議そうに首を傾げたその女の子に、彼がわらって頭をなぜた。
「いつもたちのこと、見てるんだ」
 そのまま抱き上げられた女の子に、いいないいなと周りの子供たちが騒ぎ出す。くすりと笑って、シスター、洗濯物の続きをしに行った。
 いいないいな、いいな。歌う声が輪になる。
「見てるの?」
 いつもは見上げる茶色の目玉を、きらきらと瞳をきらめかせて見下ろして、が囁くように尋ねた。
「そうだよ、」
 お日さまみたいな、笑顔で男がわらう。強い腕がを宙に持ち上げている。羽が生えてこのまま飛んで行きそうだ。けれど大丈夫。だってその強い手が、ちゃんと掴んで離さないもの。

「みんなのこと大好きなんだぁ」
 彼が腕をぐんと伸ばして、するとが太陽に近くなる。
 鳥みたいだね、白い鳥。彼は笑って、も笑った。
 いいないいな、いいな。順番、ならんで並んで、順番だよ。明るい笑い声が空に響いている。「だいすき?」小さなが小さな声でそっと呟いて、真っ青な空だ。
 まあ今日はお洗濯物がよく乾くこと。シスターが笑ってそう言って、気持のよい風が吹く。


 その晩小さなは、毛布の中から少し、顔を出して訊ねた。昼間のこと、わからないことがあったので。
 俺みんなのことだいすき。だいすきだよ。
 あの人がそう言った。
 いつも見ているよ、みんなみんな、かわいい、俺の、子供たち。
 そう言って笑った。

「ねえ、シスター、」
 すきってどういうことなの?たいせつってなぁに?なぜおにいちゃんにはもうひとつ名前があるの?そこくって?おとなになったらわかる?なぜわたしたちはみんなこどもなの?どうしたらおとなになれるの?ねぇ。
 ねぇ。
 フェリシアーノ。
 茶色い目玉、いつも明るくて、やさしくて、笑っている。眠る前のお話、いつも同じ。小さな白いお舟に乗って、眠りの河を渡り、明るい岸部に辿り着く。
 本のないお話。
 シスターも小さな頃、同じように同じ話聞いたって。だからシスターも、同じように同じお話、してくれるのだけれど。

「あのね、」
 毛布の中から顔だけちょこんと出して、はシスターの青い目を見る。優しい優しい目玉。
「はい、なんですか?」
「こんどはいつフェリシアーノおにいさんはきますか?」
 聞きたかったたくさんのこと、言葉になりきらなくて、そうとだけは訊ねた。それに目を丸くして、シスターがふふふと笑う。
は本当に、フェリシアーノが好きなんですね。」
「すき?」
「ええ。違うんですか?」
 毛布の中はあたたかい。少ぉしまぶたが重くなる。
 おやすみなさい、おやすみなさい。眠りの河、渡ったら、その人に会えるかしら。夢の中でも眠る前のお話、してくれるかしら。

「すきってどういうこと?」

 その寝ぼけた質問に、あらあら、シスターは優しく笑い出した。
 ほかのみんなはとっくの昔に眠ってしまった。いつもは眠れないから、こうして小さなとくべつ、隣にならんで、シスターやたまに帰ってくるおにいさんおねえさん、それからフェリシアーノが、お話聞かせてくれるのだ。
「好きっていうのは、そうですねぇ。」
 もう少し大人になったら、わかるかもしれません。そう言って頭をなぜられる。
 ああ、やっぱりおとなにならないとだめなのか。
 夢に落ちかかった頭で、ぼんやりとため息。
 子供、子供。かわいい俺の子供たち。
 その人の言葉、思い出してぽつり。
「はやくおとなになりたい。」



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