04.竜と少年に似て |
、と呼ばれて、彼女は振り返った。 長い髪が風に揺れて、細いからだ。いつか彼が星の目だねといった銀の目だけが変わらずに、少女はもはやのびやかに成長している。 教会を見下ろす丘の上で、は風に吹かれて遠くを見ていた。教会の屋根の風見鶏、白く太陽に煌めいている。細いジーンズにしろいシャツ、少年のような格好をしたは、それでも誰もが、一目できれいな女の子だと認める。シャツの襟が風に揺れて、細い首をくすぐった。 「ー!」 シスターが呼んでいる。 彼女はくるりと向きを変え、教会に向かって丘を駆けおり始めた。耳元で赤い石がキラと光る。ぐいぐい風を切って、はあっという間に教会にたどり着いた。 「はい!ここにいまーす!」 元気に発された声に、目の周りにしわをこさえたシスターがほっと笑う。 「よかった、どこへ行ったのかと思いました。」 「ごめんなさい。」 僧服の白を眺めながら、がすまなそうに首を傾げる。 「また丘ですか?」 「ええ。」 ご飯の時間ですよ、とゆったりシスターが告げて、とりとめのない話をしながら二人は並んで歩き出した。ご飯の前には、やることがたくさんある。小さい子供たちをまず食堂へ移動させなくてはいけないし、食事が始まってからも一苦労だ。 ほどの年になると、当然のようにみんなシスターを手伝いだす。年長組は食事の前に、お手伝い。ずいぶん昔から自然と行われてきた決まりごと。 もうとっくに食堂で皿を拭き始めていたフィオの隣に慌てて並ぶと、はコップを拭き始めた。その後ろ姿をにこにことシスターが見守っている。並ぶ二人は、なにせこの孤児院でもはや最年長、りっぱなふたりのおかあさん。 「おそい、、どこ行ってたの?」 「ごめんね、丘に行ってたの。」 またあ?と彼女が眉を片方吊り上げて、それにが「また」と笑う。 「好きねえ!」 呆れたように目を丸くして言われた言葉に、やはりは笑った。 「お腹すいたー!」 待ち切れずに部屋を抜け出した、小さなマーティーがの足に飛びついてくる。おっと、とコップをしっかり握りなおして、は転びそうになるのをこらえた。子供でも思い切りぶつかってこられると、けっこうな威力。 「はいはい、もうちょっと待ってください。」 「ううー、はい!」 にこにこ笑う二人をみて、フィオが首を傾げる。 昔っから、が敬語を使うと、なんとなくみんなふんわりにこにこ、はいと頷いてしまうのだ。小さな頃、帰れもしない家へ帰ると泣いて暴れた頃、やっぱり小さなが「フィオ、フィオちゃん、なかないでください。」とそう言って小さく泣いて、思わず涙がひっこんだのを覚えてる。 「ほーらチビたちご飯だよー!!」 がマーティーをだっこして席に座らせる間に、フィオは食堂の扉を大きく開けて叫んだ。シスターがなにやら言葉遣いに一言言いたげだが、気にしない。わあっと階段を駆け下りてくる子供たち。 食堂は戦争だ。比較的大きな子供たちが、あとからゆっくりと、階段を下ってくる。 「チビっていうなよ。」 「チビじゃないの!」 まあた始まった。フィオと三つ下のテオは、いつもこれだもの。 シスターの横で笑いながら、はそれを見る。子供たちもみんな笑う。そうしてみんなが席に着いたら、両手を合わせてかみさまにお祈りをする。今日の糧と、日々の感謝と、それからすてきな家族と、以下割愛。 「…いただきます。」 「いただきまーす!」 静かになるのは一瞬だ。あとは大きなお皿の上のパスタを取り合ったりパンを投げたり「って投げるなコラー!!」フィオの怒鳴り声が、一番効くわとシスター。 そうして食事が終わると、子供たちをお風呂に入れて、寝かしつけて、それからやっと、シスターと小さなお母さん、それから小さなお父さんたちは、テーブルを囲んで珈琲を一杯だけ、飲む。 宿題を教え合ったり、他愛もない今日の報告をしながら。 「ねえ、ちょっとここ教えてわかんない!」 「またぁ?年下に聞くなよ!」 フィオとマルコの小さなおしゃべり。 専用のマグに息を吹きかけながら、珈琲をすするを、シスターは青い目を細くしてみていた。ずいぶん大きくなったものだ。眠れなくてよくお話を呼んであげた小さな小さな女の子が。 「…本当に大学へは行かないのですか?」 こんな話ができる年齢になっている。 何度目かのその質問に、は罰が悪そうに肩をすくめた。 「そーよ!の成績なら奨学金で行けるのに!」 ガバリとフィオが問題から顔をあげて、「また間違ってる」隣から指摘を受けてすごすごとその目を机に落とす。 「勉強やだぁ。」 「フィオの"お父さん"と"お母さん"の希望なんだろ?」 「…わかってるう。」 頭を抱えながら、フィオがペンを動かしだす。 里親というのにもいろいろあって、手元に引き取って育てる人や、教育や生活に関する金銭的な援助を遠くからする人や、様々だ。フィオの場合は後者だった。毎週手紙のやり取りをして、電話もする。休暇には一緒にバカンスに行く。普段会えないからとここぞとばかりに甘やかされるが、"親"だからもちろん悪いことをすれば怒られるし、進路にだって口は挟む。 「広い視野を身につけるためにも、大学に進んで、いろんなじんせーけーけんをしてほしいんですって。」 どうすんのよ、大学で娘がグレたら! 困ったように嫌そうにいうけれど、ほんとうはまんざらでもないのだ。最近夜遅くまで勉強しているのを、誰もが知っている。 「もう来年は二人ともいないんだなあ。」 少し、ほんの少しさみしそうにテオが眼鏡の奥でそう呟いて、フィオがニヤリとする。 「なあに〜い寂しいのテオちゃ〜ん!遊びに来てあげるじゃなあ〜い!」 「うるっさいな!フィオはまだ近所だからいいけどさ!は…、」 そうして机を囲んだ5人の視線を一身に受けて、はやっぱり罰が悪そうに肩を竦めてはにかんだ。 「あんたもおとなしいくせに度胸は人一倍よね…。」 呆れてるんだかほめてるんだか、フィオがペンを一度くるりと回す。 「大丈夫なのかよ?」 とはマルコ。テオも隣でうんうんと頷く。 「が決めたのなら、反対はしませんが…、」 とはシスター。そう言いながら、みんなもったいないと思っている。大学へだって奨学金で無料で行けるし、きっとなんにだってなれるのに。 「写真家のアシスタント、ってねえ…。」 「で、ゆくゆくは自分もカメラマン、と…。」 「ハイスクールのコンテストで賞品の一眼レフを勝ち取りたいけどカメラがないから、廃材で巨大ピンホールカメラを作った子ですものね…。」 「カメラの前で何時間静止させられたか…。」 それぞれの視線を受けながらがはにかむ。 コンテストでは本当にがんばったのだ。その写真を気に入って、声をかけてもらった。カメラの勉強をする気はないか、と。紹介されたのは世界中を飛び回って、あちこち撮影しているカメラマンだった。カメラはもともと好きだった。そのクマのような朴訥とした写真家もすぐ好きになった。 しかしなにより魅力的なのは、世界中を、あちこち。 の胸には、今も幼い頃の物語がある。 |