10.子守唄

 終わりのお話もまた、、私たちが眠りにつくとき、そうであるように、あなたの声でしまうのがふさわしい。眠る前、そして目覚めた朝に、おはようとおやすみを囁くその声で、どうぞ、この物語の終幕を告げてほしいの。
 だからお願いしてもいいかしら?
 ―――そう、ありがとう。あらいやだ、泣かないで。
 だいすきなあなた。わたしの故郷。あいしているわ、あなたをずっと、ずっとよ。ええ、本当に。
 …もう大丈夫?ええ、ではフェリシアーノ。お願いね。
 さあ、みなさんはどうぞお静かに。彼の声はひどく近く、ともすると聞き逃してしまうから。いつも私たちにささやいている、その声。聞き逃さないで。囁いている。いつも、いつでも。歌っている、その声を。
 ほら、ね、聞こえるわ。
 彼の物語るお話。
 それはいつだって、私とあなたと彼の、たいせつなおはなし。
 眠りに就く前も後も。いつまでもずっと。
 そうでしょう?

 ―――俺たちはいつでも、みんな、そうだよ。お前のことばかり、考えている。朝も昼も夜も、眠っている間もね。
 嘘じゃあないよ、ほんとうのこと。
 お前のマンマも、お前のパパも、そのマンマも、そのパパだって。ずっとずっとそうやって育った。
 この地に生まれた子はみんな、みんなそう。かつてお前が生まれる前に、祝福の歌、聴いたように。常に、俺たちのこころ、とらえて生きていくんだよ。だってどうしたって、お前たちみんなのこと、いつだって考えてしまうんだ。わらったかお、ないたかお、おこったかお、しあわせなかお。どのかおもいとおしい。
 みんなかわいい、子供たち。
 お前たちが眠る前、毎晩俺が、お話を読むんだ。気づいてた?
 おやすみ、おやすみ。ここがお前のふるさと。
 それはずいぶんと長い話だ。一生分の、長いお話。ずっとずっと途切れず、続いていく、ながいながい話だ。
 故郷を離れて遠くへ行っても、どうぞ忘れないでね。思い出して。イタリアの真っ青な海と空、輝く風と、麦の穂の金色、マンマの料理。石蹴って遊んだ小さな友だち、黒い野良犬、教会の鐘。庭のブランコ、小さなお花。夢中になって読んだ物語と、クリスマスの聖歌。
 それから眠る前のお話と、暖炉で燃える優しいほのお。
 覚えていてね。
 いつでもここで、待っているよ。いつでもここに、帰っておいで。最後の時が訪れて、お前を眠らせるまでに。
 そうして君は、帰ってくる。
 お前を眠らせる夜が来る前に、黄昏の中、たくさんのたいせつを抱えて、かえってくる。
 そうして俺はやはりその分厚い本を手に取り、ときおり涙をにじませたり、大笑いしたり怒ったり恥じたり悔やんだり、いろいろしながら、その最後のページを捲ろう。
 La fine. と綴るのは止めておこう。
 物語のおしまいは、いつもおやすみなさい。目を閉じたおまえの目蓋に、くちびるを落とす。おやすみなさい。金の稲穂の向こうに。
 ほかでもないお前の、いとおしい物語だから。
 最後の言葉はいつも、buona notte, sogni d'oro.
 眠れよい子。朝が来るよ。



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