晴れた春空に、気持ちの良い風が吹いている。どこからともなく、両手を広げて歌い出したくなるような、伸びやかな音楽がかすかに鳴っていて、ムンと胸を張ると緑の空気が肺に満ちる。 本当にいい天気。 春の陽気と、明るい音楽に誘われて、ついふらりと電車に乗った。うんと郊外の駅は終点で、彼はのんびりと、次の電車を待っているのだ。 桜は少し前に終わって、今は躑躅の盛りである。鮮やかな緑の隙間を埋めるように、星を重ねたゃうな紅(くれない)の花が、至る所で競い合うように咲いている。燃えるような毒々しいマゼンタも、パッと目に鮮やかな白も、淡い紅色(べにいろ)も、遠くから眺めると泡の連なるように見える。菜の花とは違う、背の高い黄色い花が、駅の周りでさやさやと優しく風に身を任せてわらいさざめいている。日光は明るく、百色にうらうらと照れて。雲雀が飛ぶ。五月の空のコントラストときたら、柔らかいくせに、まぶしくっていけない。 旅に出ようとそう囁くような、背中を押して唆すような、五月はそういう季節なのだ。 「春やんなぁ、」 誰にともなくひとりごと、 「春ですねぇ。」 のはずなのに相槌聞こえた。びっくりした彼がとっさに声のした方を振り返ると、いつの間にか、ホームの錆びた青いベンチに座っている人影がひとつ。それはのんびりにこにこと、この日の天気みたいに笑っていた。 「ちゃんん!?」 「はい。」 目玉が飛び出しそうな彼に対して、語尾に音符でも、飛びそうな上機嫌。彼女は頷いた。背の高い黄色い花が、よく似た笑顔で揺れている。 お話はここから、或る晴れた春の日、小さな駅の、プラットホーム。 |