「あれ、」 いつもの通り、混沌としているカリエドの机のその壁を見て、ふいには気がついた。 「んー?ちゃんどうしたん?」 自慢の法螺貝を磨いていたカリエドが、その声に顔を上げる。今日も今日とてピッカピカに磨き上げられたそれは、覗きこむ彼の顔を映しそうなほど。 壁の一部分、カラフルな旗に埋もれそうになりながらも、写真ばかりが集められた一角を指差して、が椅子に座ったままのカリエドを見下ろした。 前までここには、かの有名な今なお建築途中の教会と、真っ青な海と空、去年の年明けの宴会の集合写真、見知らぬ駅で大荷物をしょったカリエドと見知らぬおばあちゃん、それからひまわりの畑でにっこりカメラに向かって笑う子供ふたりとムスッとした子供一人の写真と、それから、それからあとは覚えていないが、こんな写真はなかった、ようには思う。 今彼女が指さしている写真には、真っ青な空と、ひまわり畑。 と同じ年頃の女の子と男の子が写っている。 「ああ!これな!」 にこにこと嬉しそうに、カリエドが肩を竦める。 写真に写った女の子と、笑い方がおんなじだ。ニカッという、太陽みたいな笑い方。 写真の中の女の子は、真っ赤なリボンでヘアーバンドをしている。白い歯を見せる笑い方は、くったくがなくってかわいらしい。きっと明るく、陽気な声でわらうのだろう。なんだか写真の白い枠から、飛び出してきそうだ。 それと反対に、男の子の顔はどうだろう。 カリエドが長い腕をのばして、写真をはずしてくれた。 男の子のほうは、女の子に腕をとられて、「俺は写真になんか写りたくなかったんやからな!」とでも言いだしそうな様子だ。顔が真っ赤、トマトみたい。 少し笑ったのがわかったろうか、カリエドが 「トマトみたいやんなあ」 と同じように笑う。 「前までなかったですよね?」 「ん!いとこの写真なんやけどな、送ってきてん!かわええやろー!」 はい、と笑うとちゃんは話がわかる!とカリエドが目を輝かせる。 そうして腕が伸ばされて、もう一枚壁からはがされた写真は、見覚えがある。 ひまわり畑の子供たち。隣の二人の肩に手をまわして、真ん中で笑っている男の子。目が緑。よく焼けた肌。どこかで見た。 見た。 「あれ?もしかしてこの真ん中の…、」 「俺!!かっわいいやろ!」 ちょっと白けた目でカリエドを見そうになって、直前で相手は先輩、愛想笑いでごまかす。かわいいはかわいいが、こう言われると、素直にかわいいというのが惜しくなった。 「ああーなるほど!で、隣のふたりが!」 「ちゃんスルーうまなったな…先輩悲しいわあ…」 涙をぬぐいながら、そやで、とカリエドが頷く。 「そ!この写真の二人の幼いころの姿ですー!」 わあーとわけもなく拍手してしまう。 二枚の写真を押し並べて比べてみると、確かにそっくりだ。 「俺、このころガキ大将やったからな、俺が親分でぇ〜、こっちの子が子分その1で、こっちがその2!」 女の子のほうを指差してその1と言った。なんとなく、この三人の上下関係が見えた気がする。 古い写真の中でも変わらず、女の子は笑顔、男の子は、ムスッとしている。赤いリボン、青い空、赤い顔。黄色いひまわり。変わらない。夏の気配。 「かわらへんのですねー、」 「せやねん、こいつら全然進歩しよらんねんかわいいなー。」 あははと笑うカリエドを見て、もちょっとわらう。 「かわりませんねー。」 含ませた意味には気付かなかったらしい、うんうんと頷きながら、カリエドが、「ずいぶんあってへんなぁ、」と少しその緑の目を優しく細めた。 小学校に入学以来、一度もそ彼の地に帰ったことはないという。 ないという。 ちょっと思い出して、は視線を少し右から左にぐるんと移動させながら首を傾げた。 写真のなかの小さな親分、ひとりで遠い異国の地。ついつい忘れがちではあるが、それでもやっぱりこの人は、かの地をホームとして生まれた人なのだ。キツネうどんとタヌキそばのカタカナ表記について議論しようが関西弁がぺらっぺらだろうが、下駄を履いても、専攻が国文学だろうが、天狗の座について真剣に考えて、鎌倉の貴族の見る夢に思いはせようが。やっぱり太陽の国に生まれて、そこで過ごした五年に、こんなにも優しい目玉させるたからもの、たくさんあるのだろう。 なんだか少し、ううん、負けていられないような。 「…負けられないわね。」 「負けられへんな。」 「ですねえ。」 「うわ!」 びっくりした。 振り返ったらすぐそこに、森村さんに、先輩に、先輩に、教授。どれも顎に手をやって、写真を覗き込みながらうんうんうなずいている。 「なんなんみんなびっくりしたぁ!ってせんせまで!」 とっさにカリエドが突っ込みを入れている。 「私カメラ持ってるわ。」 「さすが森村さんですねえ。」 「やだ先生ったら!」 「はーいみんなそこ並べよー写真撮るぞー!」 わいわいがやがや。あっという間にみんな集まってきた。なんなん!?なんなん!?と顔をあっちこっち向けるカリエドを余所に、あっという間に集合写真の体形がとられる。見事なチームワークである。 「負けられへん…ですよねぇ。」 ぽつんと口の中でつぶやくとは笑った。なんだか楽しくなってきて。 「ほーら先輩とりますよー!」 「え!?ちゃんまで!?なんなん!?」 タイマーが切れる瞬間に、真ん中の元・親分さん、周りからひっちゃかめっちゃか、だきつかれたり頭ぐしゃぐしゃにされたりどつかれたり、大変だった。 そうしてそれからしばらくして、騒々しい愉快な笑い声、聞こえてきそうな写真が、海の向こうに届きましたって。 |