晴れた夏空に、気持ちの良い風が吹いている。どこからともなく、両手を広げて歌い出したくなるような、伸びやかな音楽がかすかに鳴っていて、ムンと胸を張ると緑の空気が肺に満ちる。
 本当にいい天気で、少し汗ばむくらいの陽気。
 夏の陽気と、明るい音楽に誘われて、ついふらりと電車に乗った。うんと郊外の駅は終点で、彼はのんびりと、次の電車を待っているのだ。あついなあ。自販機でジュースを買おうか、それともアイスを買おうか。少し悩む。
 鮮やかな緑は燃え立つように、夏の盛り。まっさおに燃える遠くの山と、少し熱さにくたびれた草花、木陰を涼しい風が通る。蝉の合唱、シャワーのように降り注ぐ声。夏の歌をうたう、七日間のいのち。大輪の向日葵が群れて咲いている。太陽を追いかける。夾竹桃の燃えるような毒々しいマゼンタと白、木槿の花が、星を連ねるように緑のなかに背を伸ばす。百日紅の幹が、汗をかきそうなくらい日光を反射している。
 駅の周りを風が取り巻く。夏風ってどうしてこんなに、燃えるように熱く発光しているのに、透き通るような緑色しているのだろう。日光は明るく、矢のように降り注ぐ。高いところをトビが飛ぶ。八月の空のコントラストときたら、真っ青と真っ白。入道雲は空のお城、ああ、あそこに住みたいな。
 冒険をしようと笑いながら唆す昼間の太陽、同時におうちに帰ろうよと耳元で囁く蜩の夕暮れ、どこまでも行けるような錯覚を起こす夜の星。
 八月はそういう季節なのだ。

「夏やー!」
 大きな声でそう言うと、
「あっついですねぇ。」
 相槌が返る。はすっかり暑さにばてて、ベンチにへたりこんでいる。
「なんや ちゃん、あかんでー!まだまだ先は長いで!?」
「もはやお腹いっぱい…、」
「こら!あかん!起きなさい!お兄さんと約束したやん!山登るって言ったやん!てっぺんの蕎麦屋で幻のおそば食べるまで死なへん言うたやろ!!」
 おやデートの相談ですか。なんて教授がにこにこしていたけれど、これってデートなのかしら。きっと山にたどり着くまでにふたつみっつハプニングがあって、それから同じように山を登る人に知り合いができて、それから蕎麦屋の女将さんに気に入られたり、いろいろあるのだ。そしてきっと、彼の机の上のガラクタを、増やす手伝いをすることになる。
「ふあい。」

 これってデートやろか。
 一生懸命そう言う彼をちょっと横目で見ながら、「ほらアイス買うたげるから!」もう少し御褒美の値がつり上がるまでくたびれたふり、していようかしら。なんて少し悪だくみ。
 背の高い向日葵が、すぐ横で彼とよく似た笑顔で揺れている。
 お話はいつだってここから、或る晴れた夏の日、小さな駅の、プラットホーム。



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