パチンと目を覚ましたら、ゆらゆらどころかぐらぐら不安定に地面が揺れていて、たまったもんじゃなかったけれど、でもまだ眠くて、なんだかこの揺れを、知っているような気もした。地面が揺れているのではなく、自分が揺れていて、しかも地面が自分のどことも接していないと気がついたのは、しばらく経った後だった。 「…まっ、た、く!」 誰に言っているのか大声で、アーサーが歯を食いしばってヒイヒイ言っていた。 背中にマリーンを背負って、というよりもひっかけて乗せて、前にピーターを抱えている。いっぽいっぽがまるでのろくて、地面に跡が残ってるんじゃないかと思うくらい重そうだ。ザアザア雨が、叩きつけている。ほとんど飛ばされながらピーターが走った道を、風と雨とに逆らって、アーサーは一歩いっぽ、着実に進んでいた。 呆気に取られる。 「このバカ!」 次の瞬間状況を理解したピーターは、ぱっと目を覚ましてアーサーの頭をパシンとぶった。いてえ!と悲鳴を上げたあと口の中に雨が入ったのか、うがいしながら話すみたいに「なにしやがるクソガキ。」ガラの悪い貴族様もいたものだ。緑の目を睨み返しながら、ピーターは「さっさと戻るですよこのスカポンタン!」と今度は前髪を引っ張る。 「いででででで…!やめろハゲるばか「今日が終わるまではあそこにいないといけねーんですよ!」 それにアーサーはきょとんとして、「わかってるよ、」と言った。 ずいぶん優しい響きで、ピーターはきょとりとする。 「もう今日は終わったよ。」 「…今、明日ですか?」 その大真面目な問いかけに、アーサーも大真面目で答えた。 「おう、明日だ。」 それによかったーとピーターが声を上げると、なにがいいもんかとアーサーが目を吊り上げる。 「まったくお前らはメチャクチャだ!こんな嵐の日に外に出るわ、散々人を探しまわらせて心配させておいてわけがわからないこと言い出してこんな嵐の中駄々をこねて夜中まで外にいて、お前は10時になれば勝手に寝ちまうクソガキだし、こいつが死にそうな顔でわがまま言うから待ってやってたら寒いとほざき俺の上着を奪った挙句今日が終わるのを待たずに眠りこけ何度起こしても起きない上に今日が終わるぞと言った途端勝手に泣き出し、俺の上着で鼻をかみ、泣き止んだと思ったら理由も話さず帰ろうと来て、お前は起きないし嵐は止まないし仕方がないからおぶってやってたら、いいか、この女は、道を歩きながら、なんと、この嵐の中で、だ!立ったまま、…寝やがった!」 町まではまだ距離のある真夜中の道の上で、唯一起きていた同行者に突然寝られて、それこそアーサーは途方にくれたに違いない。嵐の中、一人で道の真ん中で茫然としているアーサーを即座に思い浮かべて、ピーターはプッと盛大に吹き出した。 「笑いごとじゃねえ!」 怒られた。 「ったくどうなってんだ、」 ブツブツブツブツいいながら、いっぽ、いっぽ。アーサーは歩くのを止めない。下りて手伝ってやってもよかったけれど、ピーターはなんとなく、そのままアーサーに抱えられていた。もちろんしがみついてなんてやらない。なにせ片手は、マリーンが握ったままなのだ。 マリーンは片手をアーサーの首にひっかけてもう片方の手でピーターの手を握っている。 「いいか、ピーター、ゼエ、マリーンの手、離すなよ。ハア。」 なにせアーサーは、両手でピーターを抱えているので、マリーンは本当にアーサーが曲げた腰から背中の上に、ひっかかって乗っているだけの状態だ。ピーターとマリーンの手が繋がってなかったら、すぐ後ろにずり落ちるのだろうことはすぐにもわかった。 こいつ今マリーンって呼びやがったですよ、と考えながら、ピーターはわざと生意気そうな声を出す。 「離したくても離してくれないんですよ。モテる男の宿命ってヤツです。」 「この、クソガキ、」 ゼエゼエ言いながら、町に続く坂道を、アーサーはゆっくり下っていく。 もちろん汗をかく端から雨と風とに洗われ、歯を食いしばり、二人分の重さを背負って、嵐に逆らって必死のアーサーには、後ろに目があるわけでもないから見えなかっただろう。でもピーターには、ちゃんとアーサーの肩越しに見えた。音もなくマリーンの唇が、 「今時の子って、まっせてんの。」 ってわらったこと。 「うっせえですよ!」 ピーターも笑った。お前がうるせえと言うアーサーの、一見噛みあっているけれど本当は的外れの返事が夜道に響いた。少し雨風が弱まってきた。霞む景色の向こうに、町が見える。真夜中、しかも嵐の晩に、まだ灯りの付いている家は少ないけれど、いくつかの家から光が漏れてる。その内のひとつがマリーンの、そうしてもうひとつが、きっとピーターとアーサーの家のだろう。心配したり、呆れたりしながら、今か今かと帰りを待ってるんだろう。 チラチラ揺れる明かりの向こうには、夜の海が広がっているのが、ピーターにも見えた。海の上は、どうやら嵐が過ぎたらしい。真っ暗な夜の海。雨はますます弱くなる。雨に混じった波音は、まるで昼間聴くそれとは違って、何か語りかけるような調子、していた。 |