長く編んで肩から垂らした金の髪が、美しい人だったと記憶している。どこか神殿の奥で育てられた姫君のような、静謐な雰囲気を彼女は持っていた。幼い俺をあやすその人の、髪や耳を飾る宝石が俺には美しい細工の飴玉にも天井の星々にも見えた。金色の光と雨のなか、透明な石がきらきらと光る―――それに手を伸ばすと彼女は優しく微笑んで、たべてはだめよ、と。






 兄弟姉妹は多いほうであったように記憶している。俺の覚えていない始まりの父だか母だか祖父だか―――ゲルマンと呼ばれた丈高い金の髪が遠く時の彼方の向こうへ去り、移動し流動する兄姉たちはやがてひとところに固まることを始めた。
 そうしていちばん遅れて生まれた俺が、いっとうたいせつに慈しんで育てられたのは何故なのか。
 ルート、ルートヴィッヒ、俺の、俺たちの王。なぜあの勇猛で、生命と闘争に関して貪欲ですらあった兄騎士たちは、幼い俺に頭を垂れたのだろう。姉たちもまた、兄に負けず劣らず強く、勇ましく、逞しく、そして優しかった。我々は殆どが丈高く、金ないし明るい白金の髪をしていたが、彼女がその中でも、ひときわ強く美しかったという記憶があるのは、俺の贔屓目なのだろうか。
 しかし事実彼女は美しかった。それと同時に強かったのだ。あの細い体で、彼女は鬼神のようだった。いつも真っ白な、神話のような線の細い服を着て、長い髪を風に任せていた。戦いに赴く彼女の、白銀の甲冑。結い上げられた髪に、俺はその意味も知らぬまま、尊大に花を挿した。
「花を頂戴、ルートヴィッヒ。」
 彼女の目は冴え冴えと透き通ったブルー。では闘いに行ってきますからねと、彼女はいつも、パンでも買いに行くかのように気軽に言ってのける。
「ここに花を。―――ええ、そう。そして言って欲しいの、『Scutum meum, redire cum victoria.』と。」
「『Scutum meum, redire cum victoria.』」
 それを繰り返すと姉がこの世で最も優しく微笑うから好きだった。
「ええ、ありがとう、かわいいルート。」
 瞼と睫に、行ってきますと薄いくちびるが寄せられる。その感触がどうしようもなくくすぐったく、しかし同時に好ましい。抱き上げられて普段高いところにある顔が近づくのが嬉しい。柔らかいかいなに抱かれて、うとうとと微睡むのも。花のかおりがする白い首。抱き上げられて慈しまれる、そこは生まれた時からの特等席だった。
 兄はいつもその様子を、どこか静かに、ただ見つめている。彼女の話す言葉は時折古めかしく、そして詩のように謎めいていて、そのほとんどを今では思い出すこともできない。確かにあった美しい国。緑の丘。
 優しい指先が頬を撫でた。ねえさん、にいさんと多くの者たちを呼ぶとき、彼らの微笑みの下に隠れていたあの美しい憐れみはなんだったろう。神話の神々に連なる、俺と同じ血を持つ彼らは、どこへ行ったろうか。やはり彼らも、遥かな時の彼方の向こう、そうして俺の血の一部に溶けて残っているのだろうか。
 その血を讃えよ。
 この皮膚の下、脈打つ血潮こそが神々の成したもう御業。祝福を。祝福を、かわいいルートヴィッヒ、我々の弟。最後に来た者。今も残る兄姉、もう去った兄姉。みなたまに、俺を透かして何かを見る。何かを見ている。そういう透き通ったまなざしをする時がある。あの人のまなざしはいつも透き通って美しく、だからこそ間近で見ると優しくなった。、俺の姉、俺のあなた。
 あの人は何を見ていたろう。
「meum、sacrum――――――」
 真夜中、枕辺で囁かれた言葉はまじないのように、今も耳にこびりついて離れずにいるのだ。

(20111015)