ながいながい話が終わって、アーサーはぽかんとしていた。はたくさん話して喉が渇いた、と少しかすれかけた声でわらった。
「ね、地球は青くて丸いんですよ、アーサーさん。」
 真っ暗な宇宙の目。底のない深い闇がアーサーをまっすぐに、どこか優しくすら思える撓み方で見つめている。
「宇宙船の窓から見るこの星は美しいよ。」
 私の血と、よく似た色しています、そう笑う。
「何が違いますか?私たち、みんな異なる他人で、エイリアンです。誰も誰か人のこと、完全に理解なんてできやしません。同じ星に生まれても、同じ国に生まれても。こうやって二人で向かい合う時、私たちみんな異なるひとつの星と星なのです。」
 真っ暗な目が、静かに囁いてた。何か大事なことだった。

「地球人ではない私は、あまりにあなたと違うから、友達にはなれませんか。」
 地球人でなければ、あなたと友達にはなれませんか。そう尋ねる口は、きっと本来英語を話しやしないのだろう。遠い外国から来た友人たちが、苦労して英語、覚えるように、エイリアンも苦労したろうか。淀みなく"乱れのない"文法は、ただ流暢なのではなく教本の通りに正しく喋っているからだと気づく。ときどき無表情を「なんと説明したらいいのかな、」と困ったように動かす。それは違う星の言葉を、この星に溢れるひとつの言語に変換しようとする間だったろう。
「あなたとアルさんだって、似ているけれど眼も耳も鼻の形も全て異なる他人です。例えばアジアの人や、アフリカの人、中東やヨーロッパ、遙かな北国、世界中様々な国のその人々と、あなたは同一ですか。同一の個体なんざ、どこにだってありゃしません。同じ星の上でだって、あなたたち一個体一個体はすべて異なるもの。…この星はまだ宇宙に開かれていないから…戸惑うでしょう、最初は難しさを感じるでしょう。けれどあなたが、異なる国の顔形も文化も言葉も考え方も、すべて異なる遠くの他人と、それでも友人になれるように、」
 きらきらと真っ暗だと思っていた瞳のなかに光がきらめいた。エイリアン。目の中に星がある。彼はぽかんと口を開ける。
「違う星の異なる生き物とも、友人にはなれませんか。」
 知らない誰かと初めて会って、それから互いをだんだん知って、笑い合うこと、許し合うこと、蔑み合うこと増えるように。少しの対話と多くの殴り合いとを繰り返すことで相互理解を深め、時には溝を深め時には壁を作り、それでも少しずつ溝を埋め壁を崩し、また掘っては積み上げて、それでもだんだんとひとつの惑星としての一貫性を得始めて発展してきたこの星の歴史のように。
「ただ私は、最初あなたに一応日本人だと誤解させるような言い方でだましたから。」
 日本から来たと彼女は言ったが、確かに一度も、日本人だと言ったことはない。
「もう一度初めましてをしてくれませんか。」
 微かにの無表情が動いた。わらって右手が差し出される。

「初めまして。」

 今度こそにっこりと、がわらった。彼は初めてそのエイリアンの、完全にわらった顔を見たと気づいた。
「どうして、」
 その口が勝手に動いた。
「俺、…けっこうお前にひどいこと、言った。」
 それにが、なぁんだ、とおかしそうに笑った。
「私、この星、好きなんです。」
 屈託ない笑い方。これがエイリアンで、外の星の異なる生命で、そんなこと信じられるか。真っ青な血、912年を経た23歳。噫でもそれでも、こいつはという人間なのだ。
 アーサーはようやく、目の前の人を見た。
 黒い目、黒い髪、少しばかり白すぎる肌。細い体に、シンプルすぎて素っ気ない服装。生来愛想のない顔を、自然に微笑ませて立っている。

「初めまして、美しい地球の人。私はです。の方が名前です。この星からおおよそ五千光年離れた赤色惑星から来ました。未開惑星のルポタージュを書いています。あなたの名前は?」
 差し出された右手。優しい形だ。
「…アーサー、」
 彼はようやっと口を開いた。
 少し右手を持ち上げて、青白くて細い手のひらを握る。ひんやりと冷たい。
「アーサー・カークランドだ。」
 この地球に生まれた男。緑の目がしっかりと黒い眼を見た。どうぞよろしく、そとの星の人。





(~20111115)