「…呑むよなあ。」
 もはやほとんど呆れを通り越して感心している。
 先ほどからカッパカッパと水のようにアルコールを喉に流し込み続けているであるが、その隣にはへべれけの地球人が二人。最初の台詞はバーテンダーのものである。大の男二人が酔っぱらってハイパーにフィーバーな時間も通り越して、もうすっかりダウンしている横で、まるで来た時と変わらない無表情で、杯を重ね続ける小柄な女性に、彼は戦慄を覚えざるを得ない。顔色も変わらずペースも乱れず、会話もしっかり落ち着いている。長い間酒場で働いてはいるが、こんなにも強い人間にはお目にかかった試しがない。
「呑みますねえ。」
「ああ、どうも。」
 思わず話しかけたバーテンダーに、にこりとが小さく微笑を返す。
 化粧っ気もなければ飾りっ気もないがナチュラルなビューティーなのと、普段笑わない人がわらうとその笑顔が百倍際立つのと同じ原理で、彼女がわらうとなんだかとてもかわいく見える。モルジアナちゃんと同じ原理だ。
「…お連れ様は大丈夫です?」
 そう言われて、隣に視線を落とすと、よく似た髪色の男二人が、椅子からずり落ちて眠っているのか吐き気に耐えているのか夢見心地なのか心ここに非ずなのかわからない状態でお互いを支えにして座り込んでいる。仲睦まじいことだとしみじみ感心しながら、しかし時計は12時を回った。フリーのルポライターなどという自由の効く職業はだけで、あとの二人は明日も朝から仕事だと言うし、さすがにこのままではまずかろう。いつまでもこんなみっともない男二人を床に転がしていては店にも迷惑だろうし、と日本仕込みの読める空気で彼女は「そろそろお暇しましょうか。」と小さく呟いて立ち上がった。
 その動作も軽々としたもので、とてもこの店のアルコールをほとんど一人で飲みつくさんばかりの勢いであったとはだれも信じないだろう。飲酒運転で捕まることもないかもしれないほどに、彼女にアルコールは作用していないように見える。
「もしもーし、アルさん、アーサーさん、生きてますか?」
 ペチペチと二人の頭を交互に叩いて、が呼びかける。バーテンダーのお兄さんも、心配そうにバーカウンターの向こうから身を乗り出した。二人の視線の先で、二人はまさに、絵に描いた泥酔状態。
「ふにゃ、アルのばかやろう…、」
「もーたべられなーい!たべられなーい!」

「うわあ酔っ払い…。」
 思わずげんなり、エイリアンがつぶやくほどには酔っ払いだ。
 この二人連れて帰るの嫌だなあ、と本音をぼそりと呟いたに、バーテンダーのお兄さんが苦笑を浮かべる。
「…お預かりしましょうか?」
「いーえ、この人たちこのままほっとくとちょっと酔いがさめたらまた飲み始めて、片方はビールを飲む手が止まらなくなり、片方は盛大にパブり出すので大変に危険です。」
 ですので責任を持って連れ帰りますと真顔で言うに、パブるってなんだろうかと思いながらも尋ねることができないお兄さんである。
「とりあえずタクシー表にお願いできますか?」
「はい。」
「あー、ほらアーサーさん?起きてくださーい。」
 ぺちぺちパチパチ、ほっぺたを叩かれてアーサーがとろんとした目を開ける。
「おお〜…あ〜…あれだ、だぁ、」
「はい、ですよ、アーサーさん、帰りましょう。」
「おおお…俺はぁ、俺はお前がえーりあんなんてちっとも、きいてにゃはったんだからなぁ…ばかやろ〜!」
 これだから酔っ払いは。
 内心物凄い勢いで舌打ちしたではあるが、これくらいでボロを出していては未開惑星でルポライターなど務まらない。しかしそもそもなぜ地球人はこんな風になるとわかっていてアルコールを摂取するのだろうか。百害あって一利なしとも酒は百薬の長とも言うが、過ぎたるは及ばざるが如し、飲みすぎるのがいけないのである。エイリアンにだってそんなことはわかるのに、どうして彼女に一番近いこの星の住人は、こうなのだろう。
 "酔っぱらう"ことのできない彼女にはよくわからない。
 しかしお酒の風味と、店の雰囲気が好きで、彼女は飲酒を大いに嗜んでいる。

「あ〜そうなんですか?それはすみませんねー。」
 よっこいしょと肩の下に手を入れて、とりあえず椅子に座らせる。グラグラと振り子のように左右に揺れながらも、なんとか椅子に座ったのを確認したところで、今度はアルフレッドに取り掛かる。これが重たいので一苦労だ。タクシーに電話を掛けながら、お兄さんがわらっているので、エイリアン云々はもちろん酔っ払いの戯言として流されたようだ。もちろん素面で言ったって、誰も信じやしないだろう。
「アルさーん!起きて!起きてください!ヒーローの出番ですよ!」
「なにっ!!!」
 ガバリと起きあがった直後、ふにゃんと脱力する。
「ああああしっかり!しっかり!ほら立ち上がって!負けるなヒーロー!」
「地球の平和は!僕がまもるぅのらあ〜、」
 ふにゃん。
 元通りである。
「あーあーあー!アルさん!地球のピンチですよ!」
「なにっ!!お前やっぱり侵略する気らったのかあ〜!ゆるさねーぞー!返せ俺のじゅんじょ〜!」
「あーもーアーサーさんは水でも飲んでてください!」
!いくぞー!宇宙の平和をまもるためぇぇえ、え…、」
「アルさん!寝ないで!床に突っ伏さないで!」
「うっ、うっ、えーりあんだなんて聞いてねえぞばかぁ…、」
「ひー、ろー…けんざ…ぐぅ…。」
 ふにゃん。
 アルフレッドが完全に床に沈んだ。
 背後でアーサーも椅子からずるずると滑り落ちる。
 お兄さんの苦笑。
 今度こそは隠すことなく舌打ちをした。
 地球人、まじ、面倒くさい。



(20111117)