「そういえば、」
 ふいにアーサーは頭にポンと浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「どうしては、映画好きになったんだ?」
 それにきょとりとコーヒーを飲む手を止め、アーサーを見つめ返す。にぎやかな往来の喧騒も、カフェの奥までは入ってこない。
 なにせの映画好きというのは相当なもので、好きなジャンルの映画で古いはあらかた観尽くし、最近ではついに、長い長いテレビドラマシリーズたちも見終わって、あまり興味のなかったヒューマンドラマやアニメ、過去の名作、恋愛ものにまで手を付けだした。我が谷は緑なりき、いいですねえ。エイリアンは人間賛歌もお好きらしい。
「私みたいのが映画を観るって変ですかねえ?」
 一応街中であるので、エイリアン、という単語をなるべく彼女は使わない。
 その質問に、むしろ慌てたのはアーサーの方で、そういうつもりじゃねえよ!と否定するのに忙しい。立派な眉毛があたふたと上へ下へ動くのを、が興味深く見守っているのを彼は知らない。生来地球の感情表現と無縁の彼女には、生の地球人のリアクションというのはいつになっても見飽きないもののうちのひとつだと言っていいだろう。そんな風に、おもしろおかしく観察されていることも知らず、アーサーは悪いことを言ったかと、若干必死の様子である。
「悪い!そういう意味で言ったんじゃないんだ!別に映画見るエイリ…ん、ん!がいても全然おかしくねえと思うしむしろちきゅ…ここの娯楽では誰もが知ってるもんだから一度は見て当然だと思うんだけどその、なんていうかお前の映画好きって結構度を越してるっていうかめちゃくちゃ映画見まくってるだろ!?こっちと文化とかいろいろ違うのに、見てておもしろいのかとか、見てて意味わかんなくなったりしねえのかなって思っただけであって!!」
 赤くなったり青くなったり白くなったりと忙しいアーサーにはついに笑い出した。"わらう"という動作を本来しない生物にしては、随分立派で流暢な、ごく自然に思える笑い方だった。それにアーサーが、びっくりして動きを止め、それでもなおしばらくエイリアンは笑い続けた。おかしくて仕方がないような声音と顔を、まじまじと見つめる。やがてはすみませんと律義に謝りながら、顔を元の無表情に切り替える。元が人形めいているだけに、笑っている顔との冷ややかなギャップに、アーサーはまた別な意味でぎょっとする。こればっかりは慣れない。

「いえ、あのね。その通りなんです。」
「え?」
 その返答の意味を判じかねて、アーサーは思わず、間抜けな顔になる。
「全然文化も風習も違うので、意味がわからなかったり通じなかったりしましたよ…最初はね。」
 そう言ってエイリアンは、わらう代わりに首を傾げる。
「いいですか?アーサーさん。」
 少しばかり声を潜めて、悪戯っぽくひとこと。
 思わず釣り込まれるようにして、アーサーも真剣な顔でちょっと頷く。

「もしあなたの周りに、そりゃあもう相当な映画フリークがいたら、12.5%の確率で宇宙人です。」

 うっかり爆弾発言過ぎて、あやうくアーサーの眉毛が額からログアウトしそうになった。彼は思わず額をぴしゃりと叩いて、それから「ハア?」とちょっとばかりガラの悪い声を上げる。それにもちっとも頓着しないように、は穏やかないつもの調子で話を続けた。
「ですから私たち、初めてこちらへ来て、右も左もわからないでしょう?もちろんアルフレッドさんたちのフォローや講習なんかも受けるんですが、その時に勧められるのが映画鑑賞です。何故かわかりますか?」
「…あ、」
 しばらく黙って考えてから、彼はぽんと手を打って頷いた。
「そうです。映画を観ることで、私たちは地球の社会勉強をするんですよ。服装や文化、歴史から感情表現、モラルまでをストーリーを通して入りやすく学べますからね。そして初来星で映画を観た我々の内、およそ半分が、映画にハマると言われています。その半分のさらに半分が、相当な映画狂いになる、とも。」
 そして私はその半分の半分、というわけです。と締めくくって、が口の端を持ち上げる。その表情の作り方も、コミュニケーションの方法も、半分くらい、ひょっとしたらそれ以上、映画からできているのかもしれないのだ。に笑顔が少ないのは、ひょっとしたら見ている映画が、サスペンスだとかホラーだとかミステリだとかSFだとか、あまり笑いの要素の少ないものばかりだからではないだろうか。ふいにそんな可能性に思い至って、アーサーは感心していいのか呆れていいのかよくわからない。
「いやあ、最初は楽しいときに"歯を見せる"、"口端を持ち上げる"の意味がわからなくて大分苦悩しました…。」
 しみじみと頷くエイリアンに、やっぱり違うなあとほとほと感心しながら呆れる、木曜日の午後。




(20120112)