(機内放送)
 みなさま、ごきげんうるわしゅう。
 これから当機は空の旅路へ。
   ヒースローからコペンハーゲンへ
   シベリアの空 ロンドンの街 さよなら


 ポオン、とシートベルトのランプが途切れる。ほっとしたようなざわめきが機内に広がり、ただ偶然に乗り合わせただけの人々はどこかみな親しげだ。ごそごそと姿勢を落ち着かせる人、毛布を頼む人。coffee or tea?というお決まりのフレーズ。オレンジジュースを、気恥ずかしげに頼む紳士。
 の目の前には湯気の立つ珈琲のカップが置かれている。ごつごつとやわらかい紙コップの表面はあたたかい。ほっとするな。頬杖を突きながら考える。むしろ珈琲は、彼女に眠気を誘ってくるものだった。
 窓の外にはどこまでも雲の海が続いている。太陽が近いためか、遮るもののないせいか、空の青は地上から眺めるよりもずいぶんと明るく、白っぽい。空は上に行くほど深くなる、淡く筋状に伸びる雲すれすれのセルリアンブルーと、遥かな上空に広がるコバルトとのグラデーションを眺めている。見知らぬ隣の人は眠ってしまった。暗い機内から、窓の外は余計に明るい。白い影が、膝の上に落ちている。
 鉄の翼で風に乗って、そのお腹いっぱいに人を乗せて、飛行機は飛ぶ。こんなに重たげな体して、それでもまるでどうということはないというふうに涼しい顔で、ふわりと。空を裂いて飛ぶのかしら、空を繋いで飛ぶのかしら。どちらでもいいや、知らないことだ。ヘッドホンからは懐かしいグッドミュージック。おはよう みなさん おめざめ いかが?そうっと目を閉じると窓に切り取られた青だけ、宝石のように目蓋の裏に残る。流れるような機内放送。これから当機は、間もなく×××上を通過し―――。
 六月の街はどんなだろうか。
 カサリと手のひらに握りしめたままのかわいらしい手紙を眺めて、ふふ、とわらう。子供の文字だ。送り主はわからないけれど、でもきっとすてきなことが起こると思ったから飛行機に乗った。サマータイムだからマイナス8時間かけて飛ぶ。まいなすはちじかん、って不思議な言葉だ。
 はもう一度窓の外を眺めてから、静かに目を瞑った。
 おやすみなさい、いまいくよ とんでいくよ。
 目が覚めたらロンドンの街。







一部歌詞引用:サニーデイ・サービス「太陽の翼」
グッドミュージック。