アーサーは今朝から踏んだり蹴ったりだった。
 もう随分前から服も新調して、それから昨日のうちに素敵な花束をつくった。それからきれいな包装紙の箱には、三日も前から白いリボンがかけてある。そうして朝一番の飛行機に乗らなきゃいけなかったのに、朝一番よりも早く、ドーヴァーの向こうから「ストライキイエ〜〜〜〜イ!」とげっそり死にかけたような声で電話がかかってきて、慌てて別の旅行会社に連絡しようとしたら、電話が通じなかった。受話器を上げてもうんともすんとも言いやしない。裏庭へ回ってみると、なんと電話線が切れている。ネズミの仕業だ、昨日一匹意地の悪そうなのを逃がしたんだよすまないねえアーサー、と裏庭の"うろ"に棲んでる老猫がすまなそうに欠伸して、"良い"ハツカネズミたちが真面目な様子で、我々の仲間が申し訳ない、と頭を下げる。仕方がないので携帯電話を取り出すが、案の定電波が悪い。ごめんねえ、と家中のゴーストたちがすまなそうにわらうが、電波障害ばっかりはいつものことだ。仕方がないので隣家へ電話を借りに行こうと思ったら、『おっとアーサーごめんよ!急いでるんだ!』玄関を開けたところで足元をすり抜けて行った庭小人に足元をすくわれて階段から落っこちて足を捻った。
『大変!腫れてるわアーサー!』
『これじゃあ今日いちにち歩くのは無理だよ。』
 まあ大変とおろおろしながら飛び回る妖精の隣で、神妙な顔付でユニコーンが何度も頷く。
『お医者を呼ぼうか。』『誰が呼びに行く?』『お待ち、手紙を書くから。』
 わいわいとアーサーが運び込まれたキッチンに、彼の家に住む妖精さんやゴースト、それからいろんな生き物たちが集まってわいわい言っている。賑やかなそれらに囲まれて、アーサーは心底困り顔で椅子に腰かけていた。もう一個の椅子の上にあげられた右足は、ズボンをまくり上げてみると見事に腫れていてズキズキ痛んだ。一番チビのゴーストと椅子の下のオバケが交代交代で撫でてくれてひんやりいい気持ちだが、それだけでもちろん治りやしない。
『本当にごめんよ、アーサー。急いでたもんだから。』
 銀のフォークを担いでいた庭小人はすぐに帰ってきてすまなそうに謝った。
『仕方ないわよ、アーサー。お出かけは諦めなさいな。』
 妖精さんが年長者ぶって肩の上でそう言って、確かに歩けないくらい痛いアーサーは涙目になった。それでも今日、行かなけりゃ。押し留めるみんなを振り切って、足を引きずって玄関を出ようとすると、いつの間に誰が呼びに走ったのか、お医者がちょうどいいタイミングでやってきた。コマドリがふらふらバテながら後を追っかけて飛んできたあたり、呼びに行ったのは彼のようだ。
「やあ、カークランドさんですか?かわいい手紙に往診を頼まれましてね。」
 お髭の老紳士にパチリと片目を瞑られてはウッと黙るしかない。
「こりゃあ松葉づえがいりますし、しばらく安静にしなくては。飛行機?日本ですって?とんでもない!」
 ついてないわね、アーサー。
 心底憐れむような妖精の声にも涙が出てきて、彼はそのまま寝室にこもってしまった。なんだって今日なんだ!だって今日は大事な日なのに。
 アーサー、アーサーごめんね。
 ドアの向こうのざわめきに目も耳も塞ぐように、アーサーは頭から枕と毛布を被った。包帯ぐるぐる巻きの足がずきずきと痛む。