前に訪れた記憶を頼りに歩いたがなんとかなった。
 以前も大きなおうちだなあ、と見上げた玄関を前に、ほわあ、とため息を吐く。六月のイギリスは雨だとばかり思っていたらいい天気で、爽やかな初夏の風情だ。庭の花々がいきいきしている。呼び鈴を押そうと手を伸ばすと、その上に手紙の文字で『お庭へどうぞ!』とメモが添えてある。ええんかな?とそろそろと門に目を移すと、いつの間に張り付けたのか『どうぞお入りください。』の文字。おやおやおやと目を丸くして門をくぐると、ふうわりと甘い香り。バターの焦げるいい匂い。ごちそうの匂いだ。玄関のドアには『庭へ!』の文字とご丁寧に矢印つき。大人しく指示に従って庭へ回ると
「うわあ〜!」


 思わず歓声をあげてしまった。
 咲きそろうばらの花々の、色とりどり。どの花もまんまるに膨らんで、辺り一面に夢のような色と香りとを投げかけている。鮮やかに緑の海に浮かぶ星の焔みたいに、赤が、白が、マゼンタが、ピンクが、輝いている。絵よりもずっと美しいばらの庭に、思わずぽかんと足を止めて見とれる。白いばらが耳元で、待っていたわ御嬢さん、と笑いかけて、ようこそ、ようこそ、風が吹いてばらたちが一斉に笑いさざめく。『ようこそ、秘密のばらのパーティーに。』のメモがばらの茎にくくりつけてあるのを見つける。
 そうしてその花々の真ん中に、白いテーブルが用意されていることにはやっと気づいた。真っ白なテーブルクロス。きちんとナプキンにナイフとフォークがセッティングされていて、椅子はふたつ。真っ白なティーセットが並べてあって、真ん中には優しいピンクの花束が生けてある。テーブルの上にもメモがいちまい。

『どうぞ座ってお待ちください。』

 その文字に誘われるように腰を下ろすと、なんてすてきなばらの木陰。燦燦と光が落ちていて、夢のなかみたいだ。見上げた先で光がばらと戯れている。うわあ〜、と声にならない声を上げて、はさっきから口をあけっぱなしだ。
 ふとなにかの気配を感じて目を落とすと、さっと赤いチョッキを着た鳥が羽ばたいていくところだった。テーブルの上には新しいメモがいちまい。
『お待ちになる間に、紅茶はいかが?』
 いつの間にか真っ白なカップにはなみなみ、琥珀色の紅茶が満たされていた。