十九歳の誕生日だった。
 あれから何度かワルツを踊って、の頬は健康そうに輝いたけれど、それだけだった。病気なことも、か弱いことも、儚いことも、なにひとつ変わってくれはしなかった。もう彼は、病気で何れすぐに死んでしまう子どもに、贈り物をすることにためらいを覚えなかった。死んだあとのことを考えずに、与えたいものを与えた。誕生日、という理由も付けずに、見かけた先で、美しいと思ったものを全部、大きな腕で抱えていってはの眠る柔らかい羽根布団の上に無造作に広げて、これは何、とひとつひとつ説明をした。十八の誕生日には大きなダイヤの石をあげた。遠い国で深い深い地中から掘り出され、磨き上げられた一粒だった。星だよ、と言ったらは信じてしまって、違うと言いそびれてそのままだ。いよいよらしい、と白髪の多くなった頭を振る父親を、無感動に彼は眺めるしかなかった。
 どうすればいいかなんて彼はこの土地できっと誰よりよく知っていて、けれどもなにもわからない。
 起きあがることもできずに、美しいはベッドの上に横たわっている。ヴァーニャ、と痩せた手のひらを差し伸べて、やはり変わらぬ微笑をした。
「…誕生日おめでとう。」
 どうにかそれだけ絞り出した彼に、ありがとう、とが心底嬉しそうにする。
「いつもあなたは、私に誕生日の贈り物をくれたわね。」
 過去形だった。そのことにぞっとしながら、その感覚を吹き飛ばすように、いつか死ぬ、何れ死ぬと、おまじないのように唱えて渡した、呪いみたいなプレゼントだよ、と言いたかった。しかしそう言おうとして言葉に詰まってでてこなかった。
「いつも、いつか、お礼がしたいと思っていたのよ。」
 ほんとうよ、と彼が疑っているわけなどないのに、が念を押すのが滑稽だった。一度だって、この狭い部屋の外を知らない子どもの言うことを、疑ったことなんてなかった。美しいものだけが集められた部屋で、慈しまれて大切にされ何ものからも遠ざけられ守られて、引き延ばされた生命は、美しいことと、美しいものしか知らず、いつの間にかひどく優しく、美しいものに育っていた。
「私、なんにもできやしないけれど、」
 がわらった。びっくりするほど透き通った微笑だった。
 いつか贈った星のダイヤよりも、なによりも透き通って内側から光るようだった。
「あなたにあげたいのよ、心からの、贈り物を、」
 いつも命を振り絞るようにして、は話をした。それくらいしかできやしないけれどとそう言って、自分の心配こそするべきなのだ、自分のことだけ慮って、自分のことばかり大切にするべきなのに、この人は両親と、乳母と、医者と、大勢の召使と、それから彼とに、何か最後に贈ることばかり考えているらしかった。
 あなたへの分が最後よとそう言って笑って、ひどく楽しげにするのがいけない。乳母なんてその場で泣いてしまいそうなのを必死に堪えて、ありがとうという言葉が震えていけなかったと後で聞いた。なんとかありがとうございます嬢ちゃま、とだけ言って、慌てて出てきてしまったのだと、廊下で昨日泣いてた。彼はそれを聞いて、叩こうとしていた扉にくるりと背を向けて自室へ戻った。
 その扉を叩かなければ、逃れたい刻から逃れられるような、気がしていたのだ。
 もちろんそれは錯覚で、次の朝にはこうやって、多くの人に促されて、その扉を叩く羽目になった。逃れられない。そんなこと誰より知っている。
「なにか、ひとつ。」
 それでもその先を、言わせてはダメだと思ったから、静かな声音を遮って口を開いた。

「死んではだめだ。」

 その言葉に、は目を丸くして、それからゆっくりと笑った。優しいあまやかな微笑だった。だから彼も微笑んでいた。凄惨な微笑だった。
、死んじゃだめだよ。許さないよ。決してけっして、許さないよ。」
 世界が終わっても、この国が、僕が死んでも、死んではいけないよ。いつまでもいつまでも、ここにいるんだよ。病気のまま、外に出られないまま、いつまでも。
 病気の、美しいは、そおっと床からその手を持ち上げて、彼の握りしめられた掌を撫でた。
 彼の口端が震えた。
 どうして。