あたたかい小さな白い部屋だ。黄色が溢れ出すような色彩の、向日葵の絵が飾ってある。外は十二月の吹雪で、けれどもここは、そんなこと関係がないようにあたたかく保たれていて、そして穏やかに平和だ。部屋には暖炉。暖炉ではルビーのような火が燃えていて、その上にはくまと白鳥がぐるぐると螺旋を描いた壺と、銀のオルゴールとが並んでいる。他にも外国の絵葉書や、写真立ても並べられていて、暖炉の上からはみ出してしまいそうだ。大きな天蓋付きのベッドの脇には、小さな青い木馬が静かに佇んでいる。ベッドの脇のサイドテーブルには、砂糖菓子みたいな手鏡が乗っていて、その隣の青磁の花瓶には、向日葵がいけてある。画集がその横に積み上げられていて、どれも明るい色をしていた。衣装ダンスにはたくさんのドレスと靴とが眠っている。
 あたたかな、こうふくな、たくさんの贈り物が散りばめられた部屋の真ん中のベッドの上に、うつくしい人が真っ白な夜着のドレスを着て、静かに静かに横たわっていた。
 女の人は、ベッドの脇に膝をついて座っている男の人の、握りしめられた拳をそおっと力ない手のひらで優しく撫でている。かすかに聞こえてくる、穏やかな声音。
「私、小さい頃、いつまでもこの部屋に私はいるんだと思ってたわ。いつだって死にかけてたのに、死ぬ気なんてひとつもしなかったの。」
 語りかける声は、物語を読むように、淀みなく、そして柔らかい。
「ねえイヴァン、ヴァーニャ。」
 呼ばれて男の人が首を振った。
 泣きそうなの?と女の人が笑って、それからその白い指先で、少し男の人の前髪をはらうようなしぐさをした。紫水晶の瞳が、金のまつ毛の下に見え隠れして、それをきれいね、と女の人は見とめて微笑んだ。
「私に名前をくれてありがとう。」
 不思議な話だった。ふたりの齢はそう変わらないように見えるのに、名前をくれたのだと言う。
 命の名前よ。そう言って女の人がわらうと、男の人はまた首を振った。命をあげたのだから生きなくてはだめ。生きなくては。いつまでもいつまでも、ここで、このあまま、時すらも止めて。そんなことできないこと、誰より彼が知っている。それでもこうして、願う時がくる。だから人間は嫌い。嫌い。嫌いだよ。皆何れ須らく、死んでしまうのだもの。
 言葉になりきらない彼のこころが、白い部屋に流れ出していく。
「私にお誕生日の贈り物をくれてありがとう。」
 それらすべての目には見えない手紙を、女の人の優しい声が、真っ白に塗りつぶしてしまった。雪が降るみたいに埋めて、見えなくしてしまう。
「いつも遊んでくれてありがとう。」
 だめだよ、と男の人が呻いた。
 いつまでもいつまでも、僕と遊ぶんだよ。
 それに女の人は、子どもみたいに屈託のない笑い方をした。
「だいすきよ。」
 ああこのこは。あいしてるって言葉すら知らない。
、」
 ぽろりと言葉と一緒に何かが落ちて転がった。
 そうしてそれきり、もうその部屋には、彼しかいなかった。