(the night)  


 すこし急ぎ足に通りを歩いた。昼時のオフィス街はずいぶん賑やかで、ついうっかり何もかも見落としてしまいそうになる。目当てのコーヒーショップの前まで来ると、アーサーはゆったりと辺りを見回した。
 今日もしっかりと真面目に、黒のスーツを着こなしている。紳士はキョロキョロなんてしないし遅刻もしない、
「アーサーさん、」
 はずだ。
 呼ぶ声に振り返ると、オープンテラスのまるい机に座って、が少し手を振っていた。
 …遅刻はしない…?
 時計を確認すると約束の時間よりまだ早い。

「大丈夫ですよ、私がはやく来すぎただけです。」
 打ち合わせが早く終わったので。と@@@は机に積んだ書類ケースやノートパソコンやらをちょっと叩いてわらってみせた。それに少しほっとして、アーサーは「ちょっと待っててくれ。」店に入る。
 コーヒーをブラックで、軽く昼食も頼む。の目の前にもたしかサンドイッチが乗っていた。紅茶がベス
トだが、コーヒーが飲めないわけではない。時折あの熱いカフェインの塊を摂取したくなる時はある。それに得てして大概、コーヒーショップの紅茶はまずい。
 皿を持ってさっさと席に向かうと、こんにちは、と今更に挨拶をされた。それにこんにちは、と返しながらアーサーはちょっとわらい、向いに腰を下ろす。

「お疲れ様です。」
「そっちこそ。悪いな、手間取らせて。」
「いいんですよ。」

 ふふと笑いながら、がコーヒーをすする。
「私だって興味あるんですから。伯母ってば調べれば調べるほどミステリアスで。」
 本になるかもしれませんねぇ、なんて冗談ぽく笑ったに、アーサーが肩をすくめる。

「おや、では私の社まで原稿を持ち込んでいただければ高く買いますよ。」

「菊!」
「どうも遅くなりまして。」
 こんにちはと笑いながら、菊がふたりの隣に腰を下ろした。日本生まれの菊にはまだ肌寒いらしく、薄いマフラーを巻いている。
 三人で集まるのももう三度目で、ずいぶんにぎやかなものだ。そもそも気性が似通っているらしい彼らは、なんとも一緒にいて楽なのだ。最初、菊がT社の編集者と聞いて、悲鳴をあげていたも、もうすっかり慣れた。

「あれからなにかわかりましたか?」
「こちらは伯母のスケッチが何枚か出てきた程度で。」
「俺も雑誌と手記をそれこそ読みまくったが書いてあること以外は空想の余地を出ないな…菊は?」
「アーサー・ジョーンズ氏のイギリス時代の論文を手に入れました!が!」
 最後のbutで、おお、と歓声を上げようとしていたアーサーとは「お、」の形で口を止める。そこまで言っておいて、どうするかというと、菊は両手を広げる。お手上げ、のポーズだ。

「まっとうかつ真面目かつ正確な論文で、恋のこの字もありませんでした。」
 なぁんだと笑いあって、同じタイミングでコーヒーを口にする。なにもわからなくても、構わないのだ。
 日常に不思議な謎かけをよこすこの少しロマンチックな過去の物語が、社会に出て働く三人には楽しかった。こうやって楽しみを分け合う仲間がいればなおのこと。
 謎解きの類は好きなのに、アルフレッドは、まだぼんやり自分の思考に沈みがちで、誘っても頑としてやって来ないので諦めた。
 悩める弟君を放って、ホームズと、ミス、ミスター・ワトソンだなんて探偵ぶってみたりもしてけっこうこの大人たちはこの会合を楽しんでいる。

「ふふ、」
 結局収穫なしかぁと背もたれに体を預け、空を見上げたアーサーに、菊とが目を見合わせてくすりとわらう。

「…なんだよ?」
「いえ。アーサーさんは、お祖父様の手帳の中の、叔母にこいしてるんですね。」
 とは
「………………。」
 黙ってしまったアーサーに、「いいと思いますよ、そういうの、とても。ロマンチックで。」とさらにが続け、「思わず応援したくなります。」と菊が茶化す。
「………お前らばかにしてるだろ。」
「してないしてない!」
 二人は揃って声をあげて、その後三人でわらった。