(you think)  


 あまりに突然なことで、ハンマーで頭を殴られたかと思った。

 仕事の途中にアーサーの携帯に電話が入った。
 "ミス・ローズのお知り合いですか?"
 知らない男の、少し事務的な声だった。ローズ、だ。一瞬考えて、yesと返した彼は、その後すぐさま会社を血相変えて早退し、タクシーを飛ばした。
 "ミス・ローズが交通事故に遭われました。携帯からトップの番号は出られなかったので、発信履歴の一番最初に連絡させていただいたのですが。"
 タクシーに乗りながらイライラと膝を叩いたり顔を青くしたりの自宅へ彼女の母親が出ないかと電話したり、やはり出なかったので菊と、それからアルフレッドとに連絡を入れた。アルフレッドは、聞いた途端すごい勢いで電話を切ってしまった―――くるつもりだろうか。
 最近の弟の言動はよくわからない。
 しかし今のアーサーにはそこまで気を回すことはできず、もう一度の自宅のダイヤルを回すもやはり留守だった。走ったほうが速いんじゃないかなんて気がしながら、それは気が急いているだけだからそう思うのだとはわかっている。のろのろとタクシーは大通りを進んだ。なんとなく、祖父が死んだ朝を思い出して嫌になる。
 花に埋もれるように、庭に蹲ったまま、倒れていた。
 幸せそうな顔、よしてくれ、こっちは悲しくて悲しくて。なんだってそんな顔するんだ。

 病院に駆け込み「救急で運び込まれたミス・ローズの様態は!」と叫んだときには「あなたが落ち着いて下さい」とおもわず諭された。落ち着いてられるか馬鹿やろう!と叫びたいのは紳士なのでぐっとこらえる。
 幸い事故の規模の割に怪我は軽かったらしい。死んでもおかしくなかったという医者の説明を聞きながら、アーサーは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ご家族と連絡がとれ次第お伝え下さい、と言われ、はいと頷く。事故が起こったのは朝で、病院についたのは昼間、説明を受けたり手続きをしたり連絡をとったりで、すっかり日も暮れかけて夕焼けだ。

 疲れた。
 案内された病室で、は大きな枕に背中を預けて上体を起こし、ぼんやりと窓の外を見ていた。まだ麻酔が効いているらしく、少し気配が薄い。

、」
 小さく呼んでみると反応があった。細い手首には点滴の針。左手と首と左足をギプスでぐるぐる巻きにされて、これでも軽いと言うのだから恐れ入る。
 後ろ手にドアを閉めながら、近づいたアーサーにゆっくりと目を動かすと、はちょっとわらった。
「アーサー、」
「ったくお前…無事でよかった。」
 泣き出しそうに笑ったアーサーに、が微笑み返す。

「思い出した。私、思い出したの。」

 なにを?尋ねても彼女は答えなかった。西日がの頬を照らして、大理石の像のようだ。
「お母さんは、また旅行中だから、出なかったでしょう?あの人携帯持っていなくて。」
「…ああ。菊も仕事片付けてすぐ来るって。」
「アルフレッドさんにも連絡をしたの?」
「ああ?ああ。」
 一度しか会っていない弟の名前が出たのに少し驚く。何度も彼の話をしたが、と直接関わりは薄いはずだ。
「きっと、くるわ。」
 ふふふ、と悪戯が成功した子供のような笑い方をがする。まだ夜には早い。夕焼けだ。しかし麻酔がもたらした夜によって、彼女はまだほとんど眠っているのだろうか。西日に照らされて頬がしあわせそうなばらの色。おかしいな、重症患者がなんだってんだ。部屋は真っ白。

「すべてゆめなのよ。」

 ひょっとしたらそうかもしれない。