(spring)  


 季節は一巡りして、春がきた。
 居間のソファーに向かい合って紅茶と真っ黒焦げのスコーンを食べながら(正確には菊はうまい具合に遠慮して口に運んでいない)、アーサーと菊とはなにか熱心に話していた。とは言ってもいつもの要領で、もっぱら彼が話すことに菊が相槌を打っている。しかしその顔はなんだか笑いをかみ殺すようにふるふると震えていて、それに対して彼のほうは、泣き出すのをこらえるように口をへの字にしている。

「信じられるか?あいつら百年来の知り合いみたいに話すんだぜ?タイプも性格も全然違うのに、ってあ、ありがとうな、って。」
 スコーンにつけるクリームの壺を見失って、きょろりとする前に菊がそっと差し出してきた。受け取ってお礼を言ってから、彼ははた、と動きを止める。おや?と首を傾げた菊に、再び彼は語りだす。

「そうだよこれだよ!こんな感じ!なんていうんだ!?あいつらまさかテレパシーとかつかえるんじゃないだろうな!?いやだな俺超能力とか宇宙人とかそういうのさっぱりわかんねえんだよせめて魔法にしてくれよ!そう!なんていうかこう、塩取ってくれって言わなくても塩ほしいなと思ったら差し出される塩!みたいな!そんな感じなんだよあいつらなんなんだほんとに!」
「まあまあ、」
 なんとも長台詞を彼はいっきに言い切った。抑えて抑えて、と笑いながら、菊は紅茶に角砂糖を落とす。
 穏やかな午後だ。窓から差し込む光は白くて、明るくて。庭の緑もいきいきとやわらかに空に向かって伸びている。これでむかいに座っているのが美しいお嬢さんで、私の話を穏やかに頷きながら聞いて下さったらどんなにかいいでしょう、なんて少し心の片隅で、菊は考えてみるけれど、実際こうして友人の愚痴、もとい失恋話に相槌を打つのもおもしろくなくはない。ちょっと笑うと、聞いてるのか!とすぐさま声が飛ぶ。
「聞いてますよ。」

 そう言うとそうか、と言ってまた話が続く。おもしろくなくはない――を、おもしろいかもしれません、に訂正してください、誰にともなく菊は言う。

「年だって!アルより俺の方が近いんだぞ!?それをあいつら、いつもの年齢差を考えると四歳、五歳なんてのはなんでもないだのなんだの言いやがって…!なんだよいつものって!あいつらどんな恋愛遍歴辿って来たの?!俺の知らないうちに俺のアルフィーはどんだけ年齢離れたやつと付き合ってたんだ!?おれっ、俺の天使がアアアア!うわああああん!」
 ついには彼は泣き出した。

 まったく緑の目は嫉妬深いなんてこちらでは言うけれど本当かもしれないな、なんて菊はのんびり思っていた。いい年して机につっぷしている彼のつむじを見て、なんだか悪戯心すら湧いてくるのだからしょうがない。

「アーサーさんたら、焼き餅ですか?」
「っば!ばっかやろう!やきもちなんて焼くわけないだろ!」
 わかりやすい彼は、図星をつかれて顔を真っ赤にした。
 わかりやすい人でうねえ、なんて、菊に感心したように呟かれても仕方がないだろう。それにますますからかいたくなるのも、仕方がないこと。菊が笑う。

さんと弟さん、どちらにですかねぇ?」
 それに彼が、ピタリと動きを止めて俯いた。おや?首をかしげて菊が覗き込むと、彼は少し悔しそうに、口を結んでいた。そうしてやがて、チラリとつぶやく。

「……………どっちにもだバカぁ。」

 一拍置いて、菊はぶはっと噴出した。
「お前!ほんっと友達がいないやつだな!わーらーうーな!」
「あはは!す、すみませ、ひさしぶりにこんな…ぶふっわらえるネタに出会えるなんて、ヒイイイ!」
「ムッキー笑うな!ああもうじいさんの手記の初恋の人なんて探すんじゃなかった!」
 頭を抱えて突っ伏した彼に、菊が笑う。
「アーサーさんの長い初恋、破れたり。ですねえ。ご愁傷様です。」
 まったくケロリとして言うのだからたまらない。
「お前顔がご愁傷様って顔してねえんだよ!笑うな!」
「ププッ!」
「だああああああ!」
 窓の外では雲雀が飛んで、春の空。