「ダオス。」
がひょっこりと顔を出したのに、ダオスは目をあげた。
ほんの少し気まずそうに、がほほえんでいる。
そう、をダオスは城におくことにしたのだった。
自由にすればいい。
それだけ言われて広い広い城にぽおんと放り出されたは、最初呆然としていたが、やはり若
い娘らしく前を見据えて城の中をせわしく動き出した。暗く思い城にぱたぱたと軽い足音が鳴るのはなんだか不自然ではあったけれど、不愉快ではなかったのだ。
ダオスは大抵忙しく過去へ未来へ飛び回っていた。しかしは必ずいつでも城にいる。(当たり前だ、行く
ところがないのだから。)でもそれは、なんだか少し、新鮮でダオスにとってささやかに楽しいことだった。
なぜだかこのひとりぼっちの娘はダオスに対してちっても物怖じしなかったし最初のように恐れることもなく、ダオスがこっそりと感心するような豪胆さで接していた。懐かれた、という表現がなんだかしっくりくるような気がして、ダオスは少し笑ってしまう。まるで犬猫の類ではないか。
毎日は"窓"を覗きに行く。諦めを知らないのだろうか。そうして毎回少し肩を落として帰ってくる。しかし、食事を差し出してやればすぐ笑う。(変な生き物だ。)
ダオスはなにをしている人なの?という質問に、戸惑いつつも、魔王、と答えたら(説明するのは面倒だった。)目をぱちくりとさせて、ぜんぜんぽくないねえとダオスをしげしげ眺めた。
「本当に?」
「そう呼ばれているのは確かだ。魔族を従え、人間を排除しようとしているのもまた然り。」
ふうん、とが頷く。拍子抜けしてしまって、ダオスはまじまじとを見た。それにがにやっとわらって見せる。
「じゃあダオスはやさしい魔王だね。」
ダオスは少し、驚く。
「私を助けてくれた。」
「…それはお前がこの世界の人間ではないからだ。」
「そういうところが魔王らしくないなあ。」
けらけらとが笑う。
なんだどうしたんだ、最初のあの大人しさはどこへいったんだあんなに小さくなって震えていた。(まああのままでも困るのだけれどこれは適応力が高過ぎる。)
「きっと理由があるんでしょう?」
がほほ笑む。知ってるよ、優しい人だって。だってわかるよ、とても必死な目をしてるもの。
ダオスが黙るとは小さくまた笑った。
「ありがとう、ダオス。」
変な生き物だ。けれど、けれど、まあいいか、と思ってしまう。
「ダオス、聞いてるの?」
の声にはっとしたらすぐ前でがひらひら手を振っていた。こういう動作だとか、おかしいなあと思ってしまう。
「いや、聞いていなかった。」
ダオスは正直に答える。彼にはあまり、嘘をつくという概念がない。まっすぐな人間だった。
は、笑うとダオスに本を差し出した。いったいどこから見つけてきたのだろう。表紙には、『量子力学とそのレベル単位』というタイトルが、ほとんどはげかかっているがなんとか読むことができた。
「この本、おもしろいかな?」
はこの世界の文字を知らない。暇を持て余して最近では文字を覚えようと四苦八苦していたようだが、まだこのタイトルを読み取るまでにはいかないようだ。
「…おそらくおもしろく、はないだろう。」
難しい力学の本だ、少し笑いながらダオスは何気なくの頭に手を乗せた。ちょうど良い高さだ。傍から見たら慰めたように見えただろう。あいにくここには二人しかいないから、がどう思ったかダオスは知らないけれど。
「なあんだ。」
ががっくりと肩を下ろす。
そういえば。ダオスは思い当たって少し遠くを見る。まだ遠い昔、人がこの城へやってきていた頃だ。笑い声と熱心に学ぶ者のきらめくような瞳、そんなものが溢れていた。子供たちが、庭を駆けたこともあったのだ。今は雪に埋もれた緑の庭を、ダオスはなんとなく寂しく思った。
その頃の本が、どこかにあるかもしれない。子供の本が、あった気がする。
ぽんぽんとの頭を軽く叩いて、ダオスはさあどこにやっただろうと首を傾げた。
11.優しい目をしている
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