「夢を見たよ、ダオス。」
が黒い目でダオスにそう言った。なんとなくいつもと違う、真面目で大人しく思慮深い、少し悲しげな様子だった。その目玉もぽっかりと、暗い穴のように沈んで見える。
ダオスは首を傾げた。
「夢を見た。」
がもう一度言う。呟くような、或いは独り言なのかもしれない、そんな静かな調子で。
「どこか遠くで女の人が泣いてた。泣いてる声が聞こえたから、私にはわかった。」
まるでその様子が目に見えるようにが眉をしかめる。とても悲しい声だったよ、そういって目を伏せる。まつげの影が、涙のように見えた。
「どこで泣いてるんだろう、って思ってあたりを見たの。どこまでも原っぱは緑で、空は高くて真っ青で、誰も見えなかった。ただ風が酷く強かったよ。」
一瞬ダオスの目の前にザ、ザ、と潮騒のような音を立てる草原が広がる。ぽんと抜けた青い空。が立ってる。「ねえ!どこにいるの!なぜ!ないてるの!」途方にくれて、叫んでいる。なんだかそれは世界の終焉のような美しい幻だった。やがてすぐに見えなくなり、ダオスの耳に風鳴りの余韻(ねえなかないで!)だけ酷く残った。
不可思議な白昼夢に、ダオスは目を見張る。これはの心象風景か?ならば今彼は、の夢を見たのだ。
そんな様子に気づかずに、はぽつりぽつりと話し続ける。
ダオスはあの風に揺れる草の音が、酷く悲しくて言葉がでなかった。なんだかあの寂しい景色を知っている気がしたのだ。
「木が枯れる、いのちがうしなわれる、って誰か泣いてた。」
がダオスを見る。ぽっかりと空いた穴のような黒い目玉。底のない黒。静寂(しじま)を湛えてしんとしている。
その言葉にダオスははっとを見返した。その目をみるのは、なぜだろう、少し恐ろしかったのだけれど。
はダオスを見ている。どこか虚ろだ。
(そうか、同調(シンクロ)しているのか?)
が泣き出しそうな顔をした。彼女は樹の声を聞いたに違いなかった。には聞こえたのだ、いのち源が、崩壊してゆく悲鳴が。朽ちてゆくものの慟哭が。最後の悲痛な叫びが。
法術士の素質があるのかもしれない、あるいは別の世界の人間だからか、それとも。
ダオスはを見た。その真っ黒な目の奥にうごめくものの輪郭が、少しわかった気がした。


12.白昼夢
20070421