ダオスは思わず苦笑した。だってが、大樹の精に夢中なのが、とてもわかりやすかったから。
目の前ではが、マーテルをキラキラと光るような目で見上げて、今までにないくらい楽しそうに笑っている。ひょっとしたら、ダオス以外の存在(しかも性別があるか知らないが女性の形をしている。)と接するのが嬉しいだけかもしれないけれど。
「私は、! !あなたは誰?」
幼子にするみたいに、優しい目で精は言った。私はマーテル、大樹の精霊。と。
歌うような、美しい響きの言葉だった。
「精霊?この世界には、精霊もいるんだね!」
がおかしそうに笑ってダオスを見る。魔王なんでしょう?という悪戯っぽい笑い声が、聞こえた気がした。
『、私は貴女を知っているわ。』
まるでずっと前からの知り合いのように、親しげな口調でマーテルが言ったのに、ダオスもも、驚いて彼女を見た。マーテルがなにか思い出してかみ締めるように、少しほほ笑む。
『知っているわ。』
その声の響きに、がはっとする。
「その声、知ってる。」
の言葉に、ますますおどろいてダオスはとマーテルとを見た。
マーテルとは逆に、はすっかり大人しくなって、泣きそうな顔で彼女を見ていた。震える指先をそおっとためらいがちにマーテルへ伸ばす。木漏れ日の色をした、やわらかい髪の毛。それにほんの少し指先で触れて、は泣き出すのを耐えるように息を吐いた。
「…泣いてたのはあなただ。」
が静かに静かに囁く。風の音に攫われそうな、僅かな声で。
マーテルはやんわりとほほ笑んだ。
『泣かないで、って貴女は叫んでた。』
光に解けるように、マーテルの輪郭がもろもろと崩れる。雲が通ったので一瞬太陽が翳ったのだ。
緑の光の余韻を残して、マーテルの形は消失していた。
がその髪に伸ばしていた手を地面にぱたりと落とした。ダオスはが泣き出すかと思ったが、はただじっとマーテルがいた辺りを見つめていた。
『うれしかったの。貴女は知らない人だったのに。あんなに必死に叫んでくれて。』
日溜りにマーテルの囁きだけ転がる。
『ありがとう、。』
歌うような響き、優しい言葉。が少しほほ笑む。
「どういたしまして、マーテル。」
また来るね、そう言うとおもむろに立ち上がってダオスをぐいぐいとひっぱって、樹に背を向けた。
は振り返らない。
「ダオス。」
ずんずん歩きながらが言った。
「 マーテルは、死んでしまうの?樹は、 枯れてしまう?」
「…そんなことにはさせない。」
やっとが振り返った。ダオスに大して、かすかに口端でほほえんでみせる。その言葉はダオスが思っているよりずっと力強くそして悲壮なまでの決意に満ちていたのだ。それを敏感に、は嗅ぎ取ったんだった。
は顔をくしゃりと歪めて少し言葉に迷った。
やっぱりダオスって魔王が似合わないよね、かすれた声でそれだけ言った。
14.斜陽
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