は最近、とてもよく書物を読んでいる。城から空間を歪めて作った大樹への通り道を教えてやったら、どうもしょっちゅう通っているようだった。
見ていればわかる。は、大樹の、マーテルのためにとてもとても一生懸命だ。
ダオスにはそれが不思議だ。だって、違う世界のことなのに、と思う。
にとっては圧倒的且つ根本的に、違う時空がここだ。徹頭徹尾関係ないこの世界のひとつの生き物のために、そんなにもひたむきに努力をしているが不思議だった。どうしてそんなにも、自分に関係のないものにやさしくあれるのだろう。必死になれるのだろう。
ダオスが必死になっているのは死に瀕する母星のため、そこに暮らす民のためだ。この血にかけて、守らなければならない者たち。それはダオスの義務で役目で希望で願望で当たり前の行為だった。そのためなら、この星ひとつ消し飛んだって構わない。たくさんの子供が死に大人が死に親子が恋人が親友が死に別れる。空は暗く重く垂れ込め森は枯れ海は黒くうねり地は沈む。荒廃する大地。猶予などこれっぽっちもない。ダオスには帰るべき場所がある。
は帰るところをなくした。
の帰りたい土地へは辿りつくことはできない。のいた時空はこの時空に接触し、だけ放り出して、おそらく変わらずに時を進めている。"窓"の向こうにあるのはと一緒に吐き出され増殖することをとめた時空の亡骸だ。に帰る場所はない。はこの世界にとことんひとりぼっちだ。
だからなのだろうか?マーテルに優しくするのは。だからマーテルを救おうとするのだろうか。
でもなんだかその理屈はに当てはまらないような気がして、ダオスは首を傾げるばかりだ。
そうしてそんなにも必死になれる?
教えてもいないのにいつの間にかはこの星の文字を読む。どれだけ苦労したのだ?文をひとつひとつバラバラに分解してその最小の構成単位であるアルファベットを26字探し出すだけでどれだけ大変だろう、そしてそれらのまとまりが何を表すのか、どのように彼女は学んでいったのだろう。ダオスには想像もつかない。今ではは魔科学の本をめくっている。
(理解の範疇を超えた生き物だ。)
けれど本当にそうなのだろうか、本当に?
ダオスにはわからない。
けれどそんなにも一生懸命なに、どうしてだろう時折縋って泣きたいような気持ちになる。自分よりずっと孤独な人間に、自らの孤独を嘆くのはとても滑稽に思えたけれど、でもきっとは真剣にダオスの話を聞いてそして心からの言葉をくれるのだろう。
変な娘だ。ダオスはほんの少し自分でも気がつかないくらい僅かに笑った。
大声で叫ぶは、突然泣くは、かと思えばけらけら笑うし遠慮がないし、子供みたいで時々すごく大人みたいだ。
違う時空の、まったく関係のない生き物。
けれど生きている。ひどくとても必死に。同じように生きている。同じ鼓動で、同じ呼吸で、ダオスのすぐ隣を歩んでいる。
「。」
だからだろうか。ダオスはの名前を呼ぶ。城に帰ればいちばんに、いつだっての名前を呼ぶ。(他に呼ぶ相手もいないけれどでもそれでも。)
「なに、ダオス。」
呼べばは笑う。ひとりぼっちのくせにとてもきれいに笑う。まるでおおぜいの友人に囲まれているみたいに。
は知っているだろうか?ダオスが城を三時間空けた間に千年の時間を越えて破壊を破滅を大勢の死を呼んでいるのを。
(知っているだろうか?)
なぜだかとても、城へ帰ってのふやけたような笑顔を見ると、ほっとして泣いてしまいそうな気がするのを。
17.君は知っているか
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