「マーテル、どうすればあなたの力になれるかな。」
冬でもないのに葉の黄色くなった大樹を見上げてはうっすらとわらった。マーテルの返事はない。
あれ以来、つまり最初が最後だった、あれ以来マーテルに会えない。というよりもダオスが連れて行ってくれたのは今よりもっと以前の、まだマーテルが軽々しく出現できるほど大樹にいのちが満ちていた時代だったのだろう。"現在 "の大樹にそんな力はないのか、ぐったりとして見える。

ただそれでも、は時折夢を見た。
マーテルが泣いてる。どこか遠くで。はどうしようもなくて、あの美しすぎる草原で叫び、走る。草の海は終わらず大樹には辿り着けない。ただ一度の邂逅で、夢の中で自分の声が、マーテルに届くことを知っていたから、は声の限りに叫び続けた。だいじょうぶ!きっときっと!なんとかするから!だから、(死なないでとは言えなくて。)だから!

分厚い樹の幹をやさしく叩いては緑に溢れていた梢を見上げる。痩せた、と思う。
今も泣いているんだろうか。マーテル。
ともすれば自分が泣いてしまいそうで、はあわてて目を擦った。あまり泣きたくはなかった。泣くことは諦めることのような気がしたから。
「泣かないでね、マーテル。だいじょうぶ。きっとなんとかする。」
幹のひび割れた部分に囁くように言葉を吹き込んだ。この響きがあの緑の日溜まりみたいにやさしくやさしくマーテル、あなたに降り積もればいいのに。小さくわらって、はもっとずっと小さく歌を歌った。
届くかな聞こえてるかなって確かめるように静かに 。


18.聞こえる




20070422