夢を見ました。
野原の真ん中で(世界の終わりみたいにきれいな野原で。)、誰かが叫んでたんです。酷く必死に。もうその声は掠れてしまって潰れてしまうんじゃないかと思うくらい。
怖いほど真っ青な空に、その声は高く 響いていました。力強い、はげますような声音でした。聞いているこちらが、なんだか思わず泣きそうになるく らいやさしくて、誰でしょうって不思議で、私はその人に向かって歩きました。
近づくと、叫びの意味がわかってきました。
「マーテル!!」
誰かを呼んでる。女の子です。振り絞るように、体中を震わせるように叫んでいます。
「な か な い で!」
風が大きく吹きました。草が揺れて、まるで海みたい。風が髪を思い切りひっぱるので視界が一瞬塞がれて、髪 を抑えなおすとその子がはっとしたようにこちらを見ていました。黒い髪、黒い目、風に飛ばされそうに細い女の子。
「君だれ?」
掠れた声でその子が聞きました。びっくりしているのがよくわかりました。
風がびゅうびゅう唸って草がざわざ わ鳴りました。私はなぜか、胸がざわざわと騒ぐのを感じました。何かが始まったような気がして。
「私の名前は、ミント。ミント・アドネードです。あの、貴女のお名前は?」
その子は目をいっぱいに開いて私の杖を見ているようでした。
「あの…?」
「ねぇ、君…。」
ミントです、ともう一度言うと、その子はごめんなさいと笑いました。なんだか悲しそうに見えて、私も悲しいような気持ちになりました。その子は構わず話しを続けます。
「ミント、君、法術使いなの?」
その目はとても必死で、私は頷きました。誰か病気なのでしょうか?
「・・・夢だけど、」
ぽつりと呟かれた言葉に私は顔を上げました。
夢?これは、私の夢ではないのでしょうか。
その子は必死な顔で私の手を取りました。その感触があまりにリアルで、私は思わずぎょっとして身を引きました。なんて、現実のような。その黒い目はなんて深いきれいな色でしょう。夜の空。そう、そんなかんじでした。
「夢だけど、あなたがマーテルと同じように夢じゃないなら!」
風がどどうと吹きました。その子が飛ばされそうになって、一生懸命言葉を繋ぎます。ほとんど風に流されて聞き取るのがやっと。
「お願い!探して!ユグドラシルを!彼女を助けて!!私は!声を聞いて!耳を澄ませて!ミント!マー テルの声を! とても強い法術ならあるいは!
お願い!私には!」
できないから。おそらくそう言ったのです。
その子は風に飛ばされてそして、草原がぞわりと風に波打って。
「そこで目が覚めたんです。」
片頬に手を添えてまだぼんやりと夢見るようにミントが呟いた。不思議な夢の話に、クレスもアーチェもしんとする。
ミントは手を見て呟いた。
「あの手の感触があんまりリアルで…。目が覚めたとき夢とは思えなくて。」
「…なにかあるのかもしれんな。」
クラースがふむと顎に手をやる。どういうことですか?尋ねるクレスにクラースはやんわり頷いた。
「法術士としてのミントの高い感応力が、なにかを、例えばそのという少女のメッセージを感じとったのかもしれん。」
あまり科学的ではないが、な。とクラースが苦笑する。
「私。」
ミントが顔を上げた。の必死な泣き出しそうな顔。叫びすぎて掠れた声。まだ耳に残ってる。
「ユグドラシルを、見に行ってみます。」
ミントの薄い金の髪がさらりと揺れた。どこでついたのか、草の切れ端が小さく、滑り落ちていった。
19.終わりの海
20070422