(ここはどこだろう。)

目覚めた視界は白でいっぱいで、ああまだあの夢の続きなのかと錯覚する。
そのまましばらくじっとしてい ると、先ほどとは違ってちっとも寒くないことに気がついた。それに目の前の白は、青く透き通って凍えるような色ではなくて、やわらかな黄色をしている。

(ここは?)

は勢いよく起きあがった。うつぶせにが倒れていたのは、白い清潔そうなシーツの上で、どうにも見慣れない部屋の中だった。天蓋のついたベッドも、赤いレンガの壁、照明の蝋燭、どうにも見慣れないものばかりだ。
ベッドのマットはふかふかで、感触は、なんとなく、厚く積もった雪に似ていた。 は、不思議な気分でペタリと座り込んだまま、確かめるようにシーツの表面をそっと撫でた。


「お前は誰だ。」

ギクリとして振り返る。
人がいたことに気がつきもしなかった。
けれどは、その部屋に他人がいたということ以上に、その姿形に驚いた。
低い声も、その骨格も顔立ちもうつくしいが、疑う余地もなく男性だ。だがその見事な金の髪 は、ゆるゆると波打って地に着くかというほどに長かった。
真っ黒い服に、豪奢な赤いマント。赤い布を額に巻 いている。
思わず背筋の伸びるような、厳かな雰囲気を放つ男だ。けれどやはり、そんな格好をしている人間を見たことが なくて、はかすかにぞっとする。

「聞こえないのか。」

優しさの余地もない声音だ。
一瞬の脳裏を誘拐の二文字が掠めたが、すぐさまそれは否定される。
自分は 雪の中にいたはずだ。ならば彼は、命の恩人ではないのか?
その金色に見覚えがあった。冷たい白の中で太陽の ように思えた。

だがなぜ私は雪の中にいた?
事実のひとかけらも理解できない状況の中で、の頭は妙に落ち着いていた。脳の許容量を、超えてしまっ たのかもしれない。

「…聞こえないのか?」

じっと男の顔を凝視して動かないに、初めて彼の声に感情が滲んだ。少し躊躇うような、哀れむような響 きを帯びた。
それには、反射的にああこの人は悪い人ではない、と感じ取って慌てて口を開く。

「あ、大丈夫、聞こえてます。
 ごめんなさい、自分の状況が把握しきれていなくて。
 ここはどこですか?あなたは、」

なに、という言葉を無理やり呑み込む。

「誰ですか?どうして私はここにいるのですか?」

その質問に男は元の無表情に戻って、でもその顔を訝しむように歪めた。

「それはこちらの質問だ。 お前は誰だ?なぜあそこにいた?」

咎めるような口調に、は少し、泣きたくなったけれど、毅然として見えるように、必死に背筋を伸ばして答えた。

「…私はです。
 あそこっていうのは雪の中のことですか?
 それなら私が聞きたいです。私は、」

そこではふと言葉に詰まった。
私は。

ああ、


私は?



「私は、」(ああ私とはなんだったっけ?どうして、)

一瞬思考が止まる。男はますます訝しげにを見た。は忘れてしまったわけでもないのに答えだけが 出てこない。

「私、」

「おい。」

男がほんの少し、心配そうにを見る。
(ああ。)(…もう大丈夫。)

「私電車に乗って。…それで、…あれ?」

「…でんしゃ?」

男が首を傾げる。
(この人本気だ。)


(ではいったい)ここはどこだ。





02.ゴースト トレイン




20070326