「ずいぶん疲れた顔、しているね、大丈夫?…つらい?なにかあった?」
部屋に入るなり、は優しくダオスを覗き込んだ。
のためにあつらえられたこの部屋だけが、この城で生命の匂いとぬくもりとを持っている。暖炉で控えめに、火が燃えている。その赤い溶けるような光に照らされて、やっぱりダオスは泣きそうだ、と思う。泣いたことなどもうずいぶん昔だ。
泣くかわりにダオスは少し笑っての隣に腰を下ろす。
赤い火がとろとろと燃えているのは、とても穏やかでささやかに満ち足りた光景だった。ここだけが別の世界だ。ひどくやわらかでやさしいので、ダオスは途端に挫けそうになる。脆くなってしまう。
「私は魔王だから、」
苦笑気味にダオスが言う。そんな言葉が自分の中から出てくることに少し驚いていた。
「勇者が私を倒しに来るんだ。」
それにがくしゃりと顔を歪める。ああいやだな、とダオスは思う。
そんな顔、させたいわけではない。
「…だから魔王なんて似合わないって言ったのに。」
泣き出しそうな顔で、がほほ笑む。器用なやつだ、とダオスは考える。器用なやつだ。泣いたり怒ったり笑ったり。まるでいのちの塊のようだ。体中で息をして、異なる世界で懸命に生きている。だからだろうか、思わず手を差し伸べたのは。
魔王?ダオスが?似合わないねえ。
そう言ってが屈託なく笑ったのはいったいいつのことだろう。もうずいぶん長い間、共にあった気がする。もうずいぶん長い間、その笑い声を聞いていた気がする。
「空間が震えている。きっともう数時間もすれば来るだろう。」
が曖昧に頷いた。
「私は負けるわけにはいかない。」
「たくさんの人が、ダオスを待ってるんだもんね。」
がほほ笑んだ。
そうか、私はこうやって励まして欲しかったのだ。ダオスは気がついて、瞠目する。自らの弱さが露呈されるのは、ひどくもどかしいものだった。
しかしダオスも、ひとりの人間でしかない。だからこそ、星のため民のためと言って傲慢にこの星を滅ぼすのだ。譲れないと強く思うものがあるから。そしてこの星の人間も、同じように考え行動している。
世界を救う。どこまでもよく似た目的が、衝突するのは避けられない。目に見えている。
お互いがお互いを犠牲にして、生き残ろうとしている。酷く醜い争いだ。
それに比べてしまうと、のマーテルを救いたいという願いはなんてちっぽけでそれでいて我侭で、けれど純粋なものなのだろう。
ダオスの星に住む人も、この星に住む人も、私は知らない。
星の話をしたのはいつだった?その時は、そう言って笑った。
でもダオスが一生懸命なのは知っているし、マーテルのこと大切だって私が思ってるのもわかってる。私がこの時空で知ってるのはダオスとマーテルだけだから、私はダオスの望みが叶うといいなあって思うし、マーテルは絶対に死なせたくないって思うし、しあわせになってほしいなあって思うよ。
どうやって覚えたのか、ほんの僅か、小さな切り傷ぐらいしか治せない法術をは毎日大樹に施していた。
少しでも少しでもって祈る。そんな風に。
はひとりぼっちで、だからこそ優しい。自分の信じたものにひたむきだし、同じせいめいにとても強く反応する。同じ命だもの、ってが笑う。
私、こっちに来て気がついたよ。私たちは違ういきものだけど、同じいきものだから。
その理屈で行けば、ダオスの行動はそれに沿っていない。けれどはどうしようもなく人間だから、ダオスを許容してしまう。だって、ダオスが一生懸命なの 知ってるから、って。知らない何百万人の人間よりも、知っているたった一人の努力とその達成を、知っているたった一人(一本?)の生存を、望んでいる。
それがダオスには、そう、うれしかった。孤独な戦いの中にある彼に、もっとずっと大きくて小さな孤独を背負って、がほほ笑みかける。おなじいのち。それは、ひとりではない、と同義だ。
は自分の知るすべてを同等に見ている。大樹も、ダオスも、魔物でさえも、おなじひとつの命として換算する。だからは、自分の知るいのちに手を伸ばす。守りたいって思うよ、とほほ笑む。
「私は勝つ。…必ずだ。」
ここにいろ、終わったら迎えに来るから。がその言葉におかしそうにわらった。
「よしよし、それでこそ魔王。」
からかうような口調に、ダオスも笑う。ダオスわらったね、がうれしそうに言うのを、すこし照れくさいような気持ちで聞きながら。
21.ゲームはその役割を果たす(RPG)
20070422