ずぶりという、肉を貫く音。捻じ込むように刺し貫いた刃を、ダオスは、そしてクレスは呆然と見る。
その生々しい感触と、ダオスの絶望した顔、その口端から垂れる血は自分たちとなにも変わらずに赤い。
人間だ。
クレスは今更ながらに少し愕然とする。闇の集ったものでも、魔物の青い血を流すわけでもなかった。ダオスは、人間だった。高い魔力、高い知能。いうなればとても、エルフと呼ばれる種族に酷似している。
ダオスがゆったりと、崩落した。
鮮やかな金の髪が、不気味な赤い光の中舞う。ダオスの目。絶望している。そしてクレスを見てはいない。
なぜ、その二文字だけ、いっぱいに心に満たしているのがわかった。彼は負けたのだ。
なぜ、その理由がダオスにはわからない。同じように、同じものを、守ろうとしていただけなのに。それだけなのに。
どこが違ったのだ?なぜ負けたんだ?なぜ勝てたんだ?答えは誰にも言えなかった。
「ダオス、教えてください。なぜ。」
ミントの声は届いたのだろうか。その目を必死に、天井の大きな星に向かってダオスは伸ばす。掴むように抱きしめるように口づけるように。泣き出しそうなひどく必死な動作だ。
「すまな、わが、民。わが、こきょう、」
途切れ途切れの言葉に、アーチェが俯いた。知っていた、私はわかっていた。ダオスは大樹を守りたかっただけなんだ、なにかもっと大きな目的のために。その理由が、今、彼らの頭上に重く垂れ込めているあの星なのだ。
ダオスはクレスたちへの恨み言でもなければ、悪役の捨て台詞を吐くわけでもない。彼はひたすら詫び続けている。自らの非力を嘆いている。遠い遥かな星に許しを請うている。守れず壊せず達成できず、このまま死んでゆく。あの地に帰る事はない。あの地に彼のこの謝罪が千切れそうな思いが、届くことはない。どうしようもなく星は遠く、どうしようもなくダオスは敗れていた。
「わがほし、デリスカーランよ、ゆるせ、わが「ダオス!!!!!!!」
ダオスの視界の隅っこにが映った。泣いている。叫んでいる。ほとんどダオスに覆いかぶさるように、駆け寄ってくる。胸を裂かれるような悲鳴だ。なぜそんなにも絶望している?、さようならをお前は笑顔で叫んでいたのに。
血の垂れた口端でダオスは少し、ほんの少し笑った。の肩越しに、星が白い光を失い、遠くなり、やがて、見えなくなる。私の愛する者たち、愛する土地。我が骨、我が肉、我が故郷。すべてすべてが彼にはもう見えなかった。の必死な泣き顔ばかり視界に映る。
「。」
吐息のような、言葉。それにが顔をさらに歪める。
泣くな、そうだいつだって言ってやることができなかった。泣いてはいけない、お前は生きている。
は見たこともないダオスの弱弱しい姿にひどくショックを受けていた。なんて消えてしまいそうな声音で、ダオスは私の名を呼ぶんだろう。恐ろしくて恐ろしくて気管が詰まる。
「…ダオス、」
声は震えてあんまり小さく、辛うじて形になっただけだった。
ダオスがをうっすらと見る。
「ダオス、死んでしまうの?」
ダオスは自分でも気づかないくらいちいさくほほ笑んだ。泣くな、それは肯定だ。その微笑にはとても耐えられない。
「ダオス!ダオスダオス!だめだしんじゃだめだ!待ってる人が!いるんでしょう!ダオス!ねえいやだいやだいやだいやだいやだよ!」
が泣いている。叫んでいる。なんだか胸がもがれるような、そんな気分だ。ダオスは唇を噛む。
(ああ、)
(私の、)
22.崩壊する
20070422