ダオスの目から、はらりと涙が落ちた。ひどくゆっくりと、それは頬を滑っていく。
は愕然として、ダオスを揺する手を止めた。
「ダオス…。」
ダオスは答えない。もうわらわない。あのかすかな微笑。知ってるよ、優しい人だって。
「ダオス。」
ああと座りこんだまま、は呆けるように呟いた。
先ほどまでの悲鳴は、どこかへ消えてしまった。音が急激に遠ざかってゆく。はただただぽかんと目の前の虚空を見つめるばかりだ。もしかしたらなにも見ていないのかもしれない。
(ダオス、ダオス。)
馬鹿だ、馬鹿だ。魔王なんていうのは優しい人間のすることではない。故郷のためだって、ためらいを捨てきれない非情になりきれないあなたに魔王なんかが勤まるわけがない。
これはなにか悪い夢に違いなかった。 ダオスを見下ろしてぽつんと呟く。ああ彼はこんなにもちいさかっただろうか。
はたまらなくなって目を塞ぐ。
そおっとそおっとダオスの胸にかがみこんで耳をつけるけれど、なにも聞こえない。しんと静まり返っている。そのままは顔をダオスの胸にぐいぐいと押し当てた。
血の匂いがする。
ひどく指先が熱くて、そこから崩れてしまいそうな気がした。



23.零落する




20070422