の声が聞こえた気がした。
いつかの夢とおんなじ声。(さようなら!)
(噫、あれは。)(私に向けての言葉だったのか?)
ダオスの指先が、わずかに動いた。まつげが震えて、目蓋がうすく開く。
暗い色の目が、ぼんやりとを見て手を伸ばした。口端が、力なくけれどもうっすらとほほえんでいる。ダオスは優しい笑みをにむけたまま、なにか小さく囁いた。
それは吐息のようなほとんど音のない言葉だったが、なんて優しくの目に沁みただろう。
「ダオス。」
メキメキと音を立て育っていく幹の隙間から、は泣きそうに叫んだ。光の中のそのありえない現象。初めてダオスは、その状況に気がついたようにはっと身を起こす。
「?」
掠れて裏返った、小さな声だった。ああ、よかった。は、思いきりほほえんだ。ダオスが泣き出しそうな目で、縋るようにを見た。体はまだ動かないのだろう。それでも必死に掴もうと手を伸ばす。幹はどんどん大きくふたりの間を隔てていく。ついには、彼女の指先からも、やわらかに緑が芽吹き始めた。はどんどん自分の意識が大きく広がってゆくのを感じる。
ダオス、ダオス。君は故郷で、これまでの分しあわせにくらせるよ。
「ダオス、ありが」
幹が完全に閉じた。とたんしんと静寂がおりる。さわさわと大樹が目の前で風にそよいでいた。を呑み込み糧としたまま。
恐ろしいほど静かだ。人々は静かに大樹に向かって頭を垂れ、胸に手をあてている。
そして、目覚めたばかりの英雄は驚きと悲嘆にくれたまま。そのまま。
29.別離
20070429/