「ここはどこですか。」

真っ青になって見上げてきたの様子に、男はわずかに警戒を弛めた。
先ほどからこの娘は、あまりに無防備であまりに不用心で、鼠のように怯えている。見慣れない服装。しかし魔力の欠片も感じない。
(…では、なぜ。)
男は厳しい目でを見た。

「ここは私の城。お前は城の周りの森に倒れていたのだ。
 …なぜそこにいた?あの森に常人は入れないはずだ。」

そのことばには首を傾げる。その拍子にはたりと涙がひとつぶ、こぼれたのだけれど、男は少しぎょっと して、けれど見ないふりをした。

「どうしてって言われても 知りません。
 気がついたらそこにいたんだから。
 城ってどういうことです?あなたの城?城ってオフランスのほうですかそれとも
 殿中でござるのほうですか!入れないはずってなんかすごい警備でもしてた
 んですか大富豪?いやいやいや、違います聞きたいのはそういうことではなくて。」


混乱しながらもは大きな目で男を見た。
発言はかなりの混乱っぷりを表しているが、頭の中はその真逆だった。芯まで冷えている。嫌に冷静だ。自分の状況に当てはまる言葉は意外に少なくて、誘拐、拉致、などの単語を排除していくともう何も残らない。記憶もはっきりしている。ただどうやってこの場に来たのかわからないだけで。
電車に乗っていた。
そう、夏だった。
この季節の登校が好きだった。海沿いを走る電車に乗って、1時間かけて高校へ通う。長い通学時間は苦にはならなかった。朝の海も、夜の海も、どれも見飽きることはない。水平線が太陽の乱反射で白く光るのだ。青い空を映して。夜は黒々として、静かで、それでいて少し不気味な騒がしさがあって。
それを眺めていただけだ。いつもと何も変わったことはない。
なのに瞬きひとつで、一面の、雪、雪、雪。世界が変わっていた。

(世界、が。)

嫌な可能性だ。非現実的な上に三文小説じみている。


「お願いします、本当にわからないんです。ここは、」

言葉にして形にしてしまうのはとてもためらわれた。

「ここはなんというところなのですか?」

男が眉をしかめる。

「私の城だ。」

「それはどこにあるんです?国は?地域は?」




「この世界の名前は?」



03.海鳴り



20070329