ごおんごおん、と鐘が鳴ります。
お弔いの鐘が鳴ります。
黒服の人々が、行進していきます。
黒い列がゆっくりゆっくりと進みます。
その行列は、まだ若い大樹へ続いております。
樹の下に、英雄がいるのです。
その英雄を見つけたのは、お城の老兵士でした。
日向の若葉が香る、緑色の季節になったので、彼は英雄を訪ねたのでした。いつもの通りに、大樹の下で、のんびりと梢を見上げているであろう英雄を探しました。もちろん英雄はいました。
けれども、英雄は、いつもの通り立ち上がり、静かにほほえんで彼を迎えてはくれませんでした。
英雄はもう立ち上がりませんし、静かにほほえみません。古い歌を懐かしむことも、遠い昔語りをすることも、暗い色の目玉を寂しげに細めることも。
老兵士ははっとしました。
英雄は今までに見たどんな顔よりも優しい顔でほほえんでいるのです。その優しいほほえみは、光の中で透き通るように美しく、そして、そして穏やかでした。
彼にはわかりました。
英雄は、きっと、会えたのです。
青年は、きっと、少女に会えたのです。
それはつまり、この星に精霊が降臨したということでした。
このさいわいが枯渇してしまった星に、戻ってきたのです。大いなる福音、すべてのいのちのみなもとが。
悲しんでは、いけないことなのかもしれませんでした。
きっと英雄は、今この瞬間も、彼女と共にあるのですから。
黒服の人々が、みな名残惜しげに立ち去ってからも、老兵士はそこに留まっていました。
「会えたんですね?」
彼はそおっと、手のひらを樹の幹に押し当てて訪ねました。樹の肌は太陽を浴びてじんわりとあたたかく、水を吸い上げて、その幹のずっと奥深くで小さく鼓動を繰り返しているのを感じました。確かに、樹は以前よりもいきいきとしているようでした。よくよく深呼吸をしてみれば、空気までもがなにかうつくしい力に満ちているのがよくわかります。
我々を構成する六十兆の細胞のすべてひとつひとつまでにマナが満ち溢れたそのとき、
英雄の言葉を思い出します。そのときがきて、彼女がまっさきに、英雄の下へあらわれたに違いありません。
「よかった。」
たまらなくなってそう言いました。
梢がさやさやとわらったような気がしました。はっと頭上を見上げます。ああ、そこに広がる柔らかな緑の波。
34.海
20070429/