03. 饒舌に火を噴き上げて |
武田に新しく将がきた。 となれば気になるのは、やはりその将の強さがいかほどのものか、の一言に尽きる。 将たちに紹介されたその次の日、は武田道場、なる塔の前にぽかんと立っていた。 「武田道場…、」 大きく聳え立つ五重の塔。 朝起きるなり、「ちゃんおはよー!今日はちゃんのお手前拝見デーってことで朝飯食べたら武田道場まで来てね〜!」 と佐助に紙切れ一枚渡されたのである。お手前拝見、というからには稽古だろうと槍を背負ってきたものの、ドンと聳え立つ塔の静まり返った様子に、は目を丸くしていた。 『ううむ、闘気が龍の如く滾っておるわ。』 「…すごいな。」 建物全体を、赤い炎を取り巻いているのが見えるようである。ううむと相棒の虎と目を見合わせて、それから娘は、不敵にわらった。 「…将是一个愉快的一天。」 楽しい一日になりそう、そう自国の言葉でそう呟いた娘に、やはり虎は呵々と笑う。それでこそ峰の国の姫。 ドカーン!チュドーン!と凄まじい音が高い塔に響きわたっている。 「殿!御覚悟おおおお!!!」 「うおおおおおおお!!!」 突っ込んでくる将だけでなく、兵のひとりひとりに至るまで、声がでかい。 その大音声に圧倒されそうになりながら、それでもは見事な槍裁きで次から次へと群がってくる武田の男たちを薙ぎ倒していた。虎も器用に当たるとしゃれにならない凶悪な爪をしまって、丸太のように太い腕で兵たちを蹴散らしている。 「うーん、見事なもんだねえ。」 百人ほど斬ったところで、突然天井から降ってわいた者がある。 感心したように頷きながら、ヒラリヒラリ、攻撃をかわす狐面の男に向かって、が槍を突き出す。間一髪のところでかわされるが、そのままの勢いで槍を大きく横に凪ぐと、さすがの身のこなしでも避けきれなかったか、うお!?と悲鳴を上げて大きく仰け反っていた。 なぜ狐面なのだろうか。 きょとんと首を傾げるに、狐面の男―――佐助が「失敗しっぱい、」と軽い調子で今しがた殴られた腕を掃う。 「佐助、つよいな。」 「あ、やっぱり俺だってわかる?だよねえ、普通わかるよねえ。」 なにやら笑いながら、すぐの耳の横を暗器が掠め飛んでいった。首を傾けることでそれを避けながら、が槍を奮う。轟、と彼女の周りを風が起こった。白と金とのつむじ風。これで煽ればそれはもう火はよく燃えるだろう。 かわしきれない攻撃に少しばかり冷や汗をかきながら、佐助が煙幕を地に投げる。 「もう百人、頑張って!!」 煙りの晴れた向こうから、わらわらと兵たちが雪崩れ込んできた。 『もう百人、斬ったら何が出るんだ?』 ニヤと牙を見せて笑いながら、虎が尻尾で三人ほど打ち据える。もまた、一気に気を溜めると槍ごと地面に叩きつけた。唸るような衝撃波に、十人ほどが一気に宙へ吹き飛ぶ。気合いもでかいが悲鳴もでかい。時折彼らの落とす握り飯と神水を掻きこみながら、ひとり、またひとりと順調に叩き伏せてゆく。 武田の兵たちには、小娘だからと侮るような様子はなく、時折騎馬すら混じっている。その様子がには好ましかったし、なによりこんなに大勢と稽古をするのは里でもなかったことで、思わず口端があがる。そういえばこんなにもたくさんの人とふれあうのも久しぶりだと、そう考えると身内からムクムクと叫び出したいような笑いだしたいような、そんな気分が膨らんでくる。 自らの半身である白虎との旅路は、辛いばかりではなかった。しかしそれでも、やっつのころからほぼひとりといっぴきの生活を続けていたには、ここはあんまり、騒々しくて賑やかだった。 訪れてまだ二日だ。 それなのにもう、みんながの名を知っていて、名を呼ぶ。 「よくぞここまで参られたアアアア殿オオオ!!」 「真田幸村、」 昨日教えられたばかりの名をがこぼすと、「なぜわかった!?」と狐面をつけたまま、幸村がびっくりしたように仰け反る。 「流石はお館様の見込んだ将…一目でこの変装を見抜くとは…!!」 だからすぐわかるって、とつっこめるほどに彼女はまだこの国の言葉に明るくなかった。代わりに虎が、『武田の将はおもしろいな。』と笑う。 ブン、と空気を斬って、幸村の槍が赤く燃える。 炎。 炎だ。 幸村のまっすぐな目を見ればわかる。きっと強いだろう。そして伸びやかに、まだまだ強くなる。炎の起こす風にの髪が煽られて待った。 …負けられない。 同じく槍を構えて、の周りを風が唸る。轟、と力強い音。研ぎ澄まされた風が、を中心に巻き起こる。立っていられないような風圧だ、先ほどに倒された兵が、ちょっと情けなく吹っ飛んでゆく。 幸村とは、互いをじっと見やった。 相手に取って不足はない。 虎はどうやら、見学役に、徹するようだ。 「いざ、尋常に!!」 幸村の大きな声。 噫私は今とても楽しいのかもしれない。振りかぶられた槍に受ける構えをとりながら、やはりは口端をあげて笑った。 「「勝負!!!」」 武田道場に若い将二人の声が響く。 |
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