04. 円陣の喧しさに |
信玄公の「そこまでぇ!!!」という大音声とちょっとした手出しがなければ、ひょっとしたら二人は日暮れまで戦い続けていたかもしれない。 おなごとて侮ったつもりはなかった。 将であるからには一人の武人として、相対した幸村であったから、純粋にが強く、その実力が自らと拮抗しているということだろう。お互いの獲物は槍と同じであったが、まるでその性質が違った。苛烈な、まさに炎の如き幸村の槍捌きに対して、のそれは、怜悧に研ぎ澄まされた風そのものであった。細腕で足りぬ力を補って余りある鋭さだったと、思い出して幸村はかすかに身震いした。もちろん武者震いだ。 しかし彼が再び起きあがって槍を取る、ということはなく、ぜえ、はあ、と未だ整わぬ呼吸のまま、二人は武田道場の床に仰向けに寝そべっている―――というより起き上がれぬのだ。その床はあっちこっちが派手に破れていて、隕石でも落ちてきた後のような有様だった。ところどころ、焦げている。 「旦那〜大丈夫?」 『、大事ないか?』 その傍らでは、忍と白虎が同じように主人の世話を焼いている。佐助はパタパタと団扇で幸村の顔を扇ぎ、虎は尻尾での顔を扇いでいる。この尻尾が、大男の腕くらいの太さがあるので、結構な風を起こす。 「うむ!二人とも天晴れな試合よ!!」 信玄ばかり愉快そうに、二人の真ん中に仁王立ちして、笑っている。そこまでと叫んでなお組み合ったままだった二人の間にドカン!と押し入り二人まとめて地に沈めたのが彼である。ううむ流石は甲斐の虎。 「殿、お見事で、ござった…某、感服致した。」 ぜえ、はあ、と呼吸を挟みながら、胸を大きく上下させて幸村が呟く。こんなにも全力でぶつかり合える相手が、独眼竜の他にいようとは思わなかった。それもまさか、その相手がおなごとは、彼には思いもよらぬことだった。まだまだ勉強が足りぬなとはひとりごと。 「幸村も、強い。…驚いた…見事、だった。」 同じように荒い息を挟みながら、が言う。運動のあとで頬に血が登り、能面のようにも見えた顔が、ずいぶんと人間身を帯びている。 「某、己の未熟さを思い知ったでござる…!」 「私も、まだまだ、しょーじん、足りない。」 「これからお互いに、切磋琢磨、励みましょうぞ…!」 「楽しみ、だ、」 どうやら二人の間に芽生えた男の友情らしきものに、佐助がやれやれとちっとも困っていないように笑う。 「なんだか二人とも、夕暮れの河川敷で殴り合ったあとみたいだねぇ。」 『なんだそれは?』 「知らないかい?夕暮れの河川敷で殴り合うと爽やかに血みどろな友情が深まるんだよ。」 『…日の国の決まり事はまだよくわからんでな。』 しかめっ面をした虎に、佐助が声をたてて笑う。 「二人が共に競い合い、高め合う!ますます武田も安泰よ!のう!幸村!!」 満足そうに腕を組み、やはり信玄が呵々と笑うと、幸村がガバッと起き上がる。それに負けじとも、バッと身を起こした。さっそく二人ともに筋肉痛に襲われたようであるが、そこはライバルの手前、ぐっと我慢。 「お館様!ありがたきお言葉!!」 「がんばる、申す!」 そこで二人は、きょとん、と顔を見合わせる。 ―――殿、その言葉遣いは少しおかしいのでは?そうだろうか? 熱い修行が再び始まるかと思われたが、代わりにへの、日本語教室が始まった。 「そういうときは、"がんばり申す"とか"精進致しまする"とか"励みまする"とか言うでござる!」 「ふむ、」 「では一緒に言ってみるでござる!励みまするうあああああ!!!」 「はげみまするあ!」 「その調子でござる!では次!たぎるああああああ!!」 「たぎ?」 「たぎるああああああ!!!」 「らああああ!」 なんとも騒々しい教室があったものだ。 『…が幸村語を喋るようになったら貴様責任を取れよ。』 「なんで俺様が!?」 その後ろで繰り広げられた虎と忍の会話に、やはり信玄は楽しげに笑うばかりである。 |
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