それはまるで舞うかのように、軽く踊って、鉄扇を捻った。それだけでもはや誰もが立ってはいまい、たってはいまい。椿の花の笑い続けて落ちるように、戦場に色を重ねる落つ首のなんと現実離れして美しいこと。敵味方関係なく広がるその光景を、どこかで美しいと感じるなどと、思う日が来るなど予想だにしなかった事実に、彼は愕然とする。
ゆるりと首を傾げて女が、笑った。
「日の国に竜が出た、竜が出た、と風の噂に聞いたものだから。」
ぱちり、と扇を畳むと女は足を進める。
その服装は大層見事で、美しく、しかし見慣れないものであった。男が興味を持つ南蛮のものではない。それは、明国の屏風に描かれていた、仙女だとかの格好にとてもよく似ている。
高く結い上げられた黒髪には牡丹の大輪が咲き誇っている。引きずる裳の裾は、サラサラと擦れる度に美しい音がした。真っ白な生地に繊細に繊細に施された白糸の刺繍は、不気味な赤い空と大地には酷く場違いに美しい。
「あれがひょっとしたら、場所を間違えて転生してきてしまったのかと思って迎えに来てあげてみたのだけれど。」
と、言って女は膝を付いたままの男の顎にその麗しい指をそっと触れて、自分の方を向けさせた。美しい顔立ちをしている。しかし女は、眉を顰めると、「やはり違うのね。」と小さく呟いた。
「あれなら私を止めて見せただろうし、第一顔が似つかない。」
残念そうに、しかしいささか楽しそうにすら聞こえる響きで、女はそう言った。
「お前雨を操れて?」
もうなにも喋る気力すら失せて、男はただ首を振った。青い帷子がジャラリと鳴った。三日月の額飾りがこんなときですらギラリと煌く。
「では嵐を呼ぶのは?」
「無理だ。」
それに、女はやはり、と息を吐いた。芳しい溜息は、木蓮の花のよう。その指先はうっすらと光を集めている。
これは人ではない。
そもそも戦の真っ最中、そのど真ん中に突然降って沸いたのだから仕方がない。空から舞い降り、地面につま先が触れるか触れないかの、瞬間。女は扇を取り出し優雅に一周、くるりと舞って見せた。それだけで、女の周囲の3割が首を落とした。
筆頭!化け物ですあやかしが出た!
It cannot be.そう一笑したあの時間が、もはや数千年のときを隔てたように、男には遠い。
女はぐるりと辺りを見回して、ふうと息を吐く。「見極めるためとは言え随分派手にやってしまったわね…お叱りを受けるかしら。」そんな風にのんびりと呟く女に、男はやっと腹が立つ。ああこの落ちた首々の中の彼の民、彼の兵。彼を信じ彼を支え彼のために戦う者たち。
美しいだなどと、なぜ思ってしまったのか。
それは罪だそれは罪だ。
そしてこの女もまた。
「・・・You are monster.(お前は罪だ。)」
やっと一本残った、彼の最後の爪が空気を切った。
背を向けていた女が目を見開く。長い睫だ。こんな瞬間に、場違いにそう思ったことに彼は口端を持ち上げた。
彼の爪の青が、優しく宙に弧を描く。爪の先は、その黒髪を攫っただけだった。長い髪が、風に千切れて飛んでゆく。牡丹がハタリと地に落ちた。髪がゆるりと、耳の下辺りに下りて解ける。
振り返ったその表情は、随分幼く可愛らしく見えた。先ほどまでの背筋も凍るような怪しい美しさはない。
「…Ha、髪、短い方が似合うじゃねえ  か。」
男はニヤと笑うとそのまま崩れ落ちた。もう何も言わない。
女は呆然と、自分の毛先にそっと手をやった。
人間相手にまさか髪を持っていかれるとは。悔しさとも驚きとも付かない衝撃が、彼女の中に渦巻いている。
そっと男の傍に膝を下ろすと、その首筋に触れてみる。とくとくとくと、まだ緩く脈打っている。
「あおい、りゅう。」
そっと呼んでみる。
竜、青い竜。竜族のあの男を思い出す。いつも甲斐甲斐しく彼女に付き従っていたあの寡黙な竜族の男。片目がない竜。いつだって彼女の狂信者であり、崇拝者であったあの竜。翡翠の木陰で彼女を抱きとめた竜。どんな我侭にも微動だにしなかった竜。もういない。
期待していたのだ。彼女が仙であり、あれが竜である以上、再び生じてくるだろうと。海を隔てた地の噂にまで耳を澄まして、彼女は内心待っていたのだ。
目の前の人間をもう一度見下ろす。
人に竜と呼ばれる男。
「しかしお前は只人だ。」
そしてあれとはなんの関係もない。その言葉は苦く丸まって口の中で小さく消えた。
噫、何処。何処に?かわいいかわいい私の竜。
「…許せないわ。」
(お前も私の前から消えてしまう?)
青い兜を見下ろして、女はそっと。

その瞳を捧げよ





20080325
我侭な仙姫