政宗は岸辺にどっかりと腰を下ろしたまま、頬杖をついていた顔を上げた。見上げた先にはもちろん、巨大な竜である。

「all right、わかったぜ。つまりこういうことだろ?」
 しかしこの男、半端ない適応力である。竜に遭遇してから早一刻、すっかり竜と会話を交わすというこのおったまげー!な状況にも適応していた。大器なのかただの馬鹿なだけなのか、あえて今ここで判断を下すことは避けておこう。彼はともかくこのありえない状況にも立派に慣れて――そして竜の話を聞いていた。

 聞いてみればこの竜、どうにも抜き差しならない状況に追い込まれているようで、ここ二百年人前に晒したことがないという巨体を昼日中に出没させねばならぬほど困窮しているらしかった。
 つまり、と話をまとめにかかった男に、竜がええと心持ちすまなそうに頷く。
「つまり最近ここいらに化けモンが住み着いた、と。」
『はい。』
「それであんたにはどうしようもなくて家を追われたってわけだな?」
『――ええ。情けない話です…。』
 しょんぼりとうなだれて竜が言う。
「でもなんだってこんな日向に出てきたんだ?」
『水の中にいては、あれらに余計見つかるのです。』
 ひたりと声を潜めて、竜が言った。
「あれ?」
『大抵の神仙、悪鬼に魑魅魍魎の類にはひけをとらない自信がございます。けれど流石に今回ばかりは相手が、悪うございます…。』
「なんだってんだ?」
 政宗は俄然興味を惹かれて続きを促した。
 話し方はいかにもたおやかな竜の、台詞の前半のやはり竜たる所以の部分に続いたその悔しげにも悲しげにも捕らえられる諦めの響き。なにがそれをこの巨大な竜に発させるのか、興味があった。

『…迦楼羅です。』

 竜の口から出た言葉に聞き覚えはなく、「かるらぁ?」と彼は鸚鵡返しに言葉を返す。竜は真面目に、ひとつ頷いて見せた。
『ええ。炎の件属の巨鳥です…あれらは竜を、』
 竜は口にするのもおぞましい、と言うようにひたりと声を潜めて続けた。
『竜を餌として好みます。』

 政宗は目を丸くして目の前の竜を見上げた。そのしなやかで美しい巨体。これを食らう生物がいるなどとは、想像もつかない。おいおいおい、と頭のなかで思案しながら、政宗は首を捻った。言うまでもなく彼の二つ名は、奥州の竜。その竜を、食らう怪物がいるだって?
 ここで恐れおののくなら普通の人間だったろうが、やはり彼は、そういう意味で普通を凌駕している部類の人間だった。
 彼は考える。"本物の"竜も恐れる怪物――ではそれを倒せば自分は。

 おもしろいではないか。ニヤリと持ち上げられた彼の口端に、竜が不思議そうに、首を傾げる。
「オーケィ、話はわかった。」
 で?そいつはどこにいるんだ?
 立ち上がった男が言い放った一言に、竜は目を丸くして慌てる。その言葉の意味するところを察したのだ。
『何を仰います!おやめくださいませ、人間の敵う相手では―――、』
 言いかけて竜は、ぴたりと、途中で言葉を止めた。
 なぜなら政宗が、笑ったからだ。それはそれは自信と余裕をたっぷりとこめて。刀を肩に乗っけて、なにも心配はいらないというようにニヤリと。持ち上げられた口端からこぼれる獣じみた犬歯が、とても頼もしく見える。異国風の真っ青な服。なぜだろう、それはこの幾星霜を経た竜にすら、なにか暗示を齎したのだ。

「おいおい、あんた。俺を誰だと思ってるんだ?」
 その声が言う。
「俺は伊達政宗だ。」

 なぜだろう、その言葉を聞いたらなんとなく、大丈夫なのではないかと思ってしまった。しかし、とその次の言葉を繋げることができないでおろおろとする竜に、もう一度政宗が笑う。
「大丈夫だ、心配すんな。」
 しかし、この男は何を言っているのだろう。竜の目玉が驚愕に見開かれ、それにますます、政宗は面白そうに笑う。
 竜にはわけがわからなかった。だって彼女の目の前にいるのは、小さな人間なのだから。その彼が、竜族の唯一の鬼門とも呼べるあの巨鳥を、まるで気軽に雉でも狩りに行くような様子で、退治すると言っているのだ。しかしそれよりなにより竜を驚かせるのは、どこかで期待している自分自身だ。男の少し青みがかった黒い目玉は、彼女の住処の湖の、ずっと奥深くを連想させる――。
「この奥州独眼竜、伊達政宗にすべて任せとけ。」
 なァに悪いようにはしねえさ。片目だけでニ、と笑ってみせたその人間に、竜は今度こそ、あっけにとられて沈黙したのであった。


(2009051620100129)