場所は先ほどの湖から程なくつく山の頂。
 並び立った巨大な竜と、男の目の前には、なんとも哀れな具合に落雷で丸焼きになった巨大な怪鳥の姿がある。ところどころ黒く焦げてはいるが、なんとも香ばしそうな色と香りとが、辺りに充満していた。――あ、焼き鳥食べたい。
 そう、勝負は簡単に、ここに書くのがもったいないほどあっさりと、ついてしまったのだ。

 ポカンと開いた口が塞がらない竜の隣では、人間の男――人の身にして奥州の竜と呼ばれる伊達政宗という男が笑っている。
「Ha!どんな化けモンかと思えば、大したこたァねえな。」
 そんな馬鹿な。
 もし竜がもう少し意識がしっかりしていたらそう言っただろう。ただの人間に、いくら名の知れた戦国武将であれ、こんなことがあっていいはずがない。竜の頭は驚きに真っ白になりかけていた。
 ただの人間なら、その通りだ。しかしこの伊達政宗、ただの伊達政宗ではない。闘技場百連勝を主将と副将の二度に渡って達成し、最終武器と防具それぞれレベルMAX装備の、かなりやりこまれた伊達政宗である。実力は折り紙つき、むしろこれ以上人間超えてどうする、というレベルまで来ている。

 その伊達政宗にとっては、伝説上の怪物でさえ、朝飯前だったらしい。人間の修練とは恐ろしいものだ。
 その昔、大陸が三つの国に分かれて争っていた頃、あの頃に神仙悪鬼の類とまともにやりあっていた人間たちを思い出して、竜は身震いした。まさか日の国にも、そのような実力を持つ人間たちがいようとは。
 長い間湖にこもっていて、地上で繰り広げられるとんでもない戦国武将たちの戦いぶりについて何も知らなかったこの竜にとって、政宗の力は想像の範疇を大きく超えまくっていた。明いた口が塞がらないとはまさにこのことで、ただただぽかんとするばかり。

「まあこれで、あんたも安心して暮らせるだろ。」
 ニカ、と笑って振り返られて、竜はやっとこさ我を取り戻した。
『は、はい…。』
「なァに。礼には及ばねえぜ。同じ"竜"の誼みだ。気にすんな。」
 そういって、男はさっさと去ろうとする。
 それに慌てたのは竜のほうで、政宗が思わず内心脅えるほど必死になって彼を引き止めにかかった。
『お待ちください!お礼を!』
「あー!?うおっ!びっくりした!」
 止めようと一生懸命すぎて、彼のサイズを忘れていた。危うく胴体に比べれば小さいが、それでも立派な前足――その先についた爪に右腕を持っていかれそうになった政宗は本気で飛び退る。
 ああすいません、つい。ついじゃねえ!
 すっかり仲良しである。

「礼とか別にいらねーから!Don't worry!Be happy!気にすんな!」
『どん…?いえ、気にします!死ぬか生きるかのところを救っていただいたのですものなにもせずにお返ししたらそれこそわたくし申し訳が立ちません!』
「Uhh!あんたも大概頑固だな!いらねえっつってるだろ?」
 腰に手を当てて、なんだか子供を諭すような言い方だ。しかし竜も譲らない。
『お礼を差し上げないわけには参りません!』
「ああ?だからいらねえって『いいえ!』
「いらねえよ!」
『いいえ!』
「いらねえ!」
 もはやどちらも意地である。
 しばらくの言い争いの末、サイズ的に、竜が勝った。正直彼女としては迦楼羅を倒した相手にかなり不安だったらしいがそれでもしっぽで退路をふさぎ眼前で大きな口を開いてみる辺り流石大物である。サイズが桁違いだ。お礼させてください、と大きく口を開けて目玉をぎょろりとさせたまま言った竜に、政宗はなんとか頷いた。

『さあ。これを。』

 若干疲れ気味の政宗に、器用に自らの口で、鱗を一枚はがすとそれをその手に与えた。彼の両手に余るかと思われた大きさのそれは、しかし彼の指先がふれると手のひらに納まるような大きさに姿を変える。
「…縮んじまった。」
 ポツリと呟いた政宗に、それでよいのですと竜が微笑む。
『お困りのときはそれを唇に押し当てて、吹いてみてくださいませ。』
 きっとご恩をお返しします、と静かに言う竜がなんとなく頼もしくそして誇らしく思えて、政宗は先ほどまでいらないとわめいていたことは忘れたことにして、サンキューな、と少し笑う。
『さん、きゅう?』
「ありがとう、っつう意味だ。」
 首を傾げた竜に、ニヤリと笑って政宗が竜に背を向ける。手の中の鱗は、宝石のように透き通り、ひんやりと湿っている。水晶を削ったような肌触りと、その不思議な青さに、政宗はそれだけで十分な礼をもらったように思う。
 じゃあな、と背中越しに言いかけて、政宗は歩みを止めた。
「そういえば、」
 振り返った先で、竜は律儀に、彼を見送るつもりなのだろう。じっとこちらを見つめていた。振り返ったことに不思議そうに、再び首をかしげている。もうなんとなく、どこからが首なのか、分かるような気が政宗にはした。

「あんたの名前を聞いてなかった。」
 竜は大きな目玉をぱちくりとさせて、それから多分、笑ったのだ。
『――、と申します。』
 それに彼は、ニヤと笑う。良い名じゃねえか。それは或る秋晴れの、天気の良い日のことであった。


(2009051620100129)