太陽が翳る。 雷神がうっかり風呂桶をひっくり返したような、あるいは天の川の底が抜けたかと思うような、大雨だった。 湿った風が吹き抜けたと思った途端、黙々と立ち込めた暗雲があっという間に太陽を隠し、そうしていかづちがその雲の上をとぐろをまいて唸る。あっと思う間もない。次の瞬間には、ポツリ、と大粒の雨。 それはすぐさま、目の前も見えぬような豪雨へと変わった。稲光に、雨に打たれる政宗の横顔が青白く浮かび上がる。 (―――なんと言うお方だ、) 小十郎が驚きと畏怖をごちゃ混ぜにしたような顔で自らを伺うのも知らず、政宗は無邪気な子供のような顔をして笑っていた。まさか本当に、こんなにも早く来るとは。 お礼をさせろと律儀に迫ってきたときの様子を思い出して笑いがこぼれる。あのときの様子と同じように、音を聞いてすぐ、彼女は行動を起こしたに違いない。しかしそれにしてもその仕事の速いこと早いこと。流石は竜だと、言えばいいのか?大雨を通り越して、豪雨である。これが通常の梅雨時にも起ころうものなら、大洪水は免れない。しかし今、その恐ろしいほどの雨もこの土地には恵みでしかありえない。 「ははっ!」 政宗が笑っている。 その顔が本当に、本当に彼の幼少期に時折見られたような明るいもので、小十郎は痛いほどの雨に打たれながら驚いたことに泣きそうだと思った。 タイミングの良すぎる彼の不思議な行動とこの突然の豪雨を、畏しく思ったのは一瞬だ。いいではないか。雨が降った。それだけではない、主が笑っている。 嬉しくって泣くのなんて、いったいいつ振りだろう。けれども涙はでなかった。ただ主の嬉しそうな顔に、辛うじて持ち上げた口端で、不思議そうに微笑んだだけで。 「最高だ、まったく最高にcoolじゃねえか。なあ、小十郎!」 「――は。そうでございますな。」 ああ、と答えながら、やはり政宗の目玉は子供のようであった。 雨は止むことがない。乾いた大地が、貪欲に雨水を飲み干してゆく。まだ足りぬ、まだ足りぬというようにひび割れたままの土地に、これでもかと雨が降り注いだ。 こんなにも大粒で激しい雨だというのに、緑は項垂れることもなく、まるで生き生きと、その顔を上げるようであった。 止まない雨が笑う。さあ顔を上げお立ちなさいと。その声を政宗は、確かに聞いたように思う。手のひらの中に僅かに残った、あの美しい鱗の成れの果てを、見つめて彼は喉の奥で笑った。 竜の恩返しだなんて、一体誰が信じるだろう。ああけれども本当だ。手のひらに残った砂のような青が、彼に告げる。いいや、この雨が、その雨を吸って生き生きと甦る彼の土地が、すべての証明だ。彼の竜がきたのだ。恩をお返しします、と不思議な目玉で約束したその通りに。 (恩返しどころが逆に助けられちまったじゃねえか。) 心の中でひとりごちながらも、口端が持ち上がるのを止めることができない。 雨の中嬉しそうに飛び出してはしゃぐ子供たちの声が聞こえる。大人の声もだ。誰もがみな、この雨を感謝している。しかし彼らは知らない。この雨を誰が連れてきたか。雲を引きつれいかづちを走らせ、天の水をひっくり返しているのが何者なのかを。 政宗だけが知っていた。 こんな風に誇らしいような嬉しいような秘密を持ったことが彼にはないから、とても気分がいい。雨は叩きつけるような強さだ。だのにちっとも痛くない。 残された片方の目玉に、雨を受けながら政宗が天に向かって大きく口を開けて笑った。 「助かったぜ!」 サンキューな!その言葉に答えるように、分厚い雲の上で、雷鳴とは違う音が、一度、おおおおん、と高く低く鳴った。日暮れに聞く鐘の音を、幾つも重ねたような音だった。それでいて硝子のような、不思議な響き。 それが長く、遠く、政宗の声に確かに、応えた。 小十郎は、その偶然にしてはやはりタイミングの良すぎる音に目を見張り、政宗はやはりその鳴き声の中に、『お安い御用ですよ。』という優しい響きを聞いたのだった。 |
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