馬と竜の関係性についての、詳しく訊いてはみたがやはり政宗にはよくわからなかった講釈が終わった後で、ふいに政宗も竜もだまった。
 別に居心地の悪い沈黙ではなかったから政宗は特になにも気にしなかった。気持ちのよい風が首もとを優しく撫でて過ぎて、ゆっくりと息を吐く。
 竜がいるとは夢にも見ぬ内は、この地は政宗の休憩場所だったのだから、どうにもここへくると深呼吸して背伸びをしてお腹の底から息を吐く癖がついている。
 湖面を、小さな石ころが跳ねるように、脚で蹴りながら空へ飛び上がろうとする水鳥を見送りながら、ところで、と竜が娘のやわらかい声ざまで政宗に声をかけた。
 ん?と返事をかえす自分の声音が、えらく自然で気負いのないものであることに内心少し驚く。

『今日はなにか私にご用でもございましたか?』

 尋ねた後で、政宗の何倍かだなんて考えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの巨大を心なし縮こまらせて、来ていただけるのは楽しいですしもちろん嬉しいのですが、だの、しかし政宗様は一国の主なのですからお忙しいのでしょうし、だのとおろおろ喋り続ける竜がおもしろくて政宗はやはり笑う。

「あんたがここにいるのを知る前から、ここは俺の休憩場所だ。allright?休憩しに来たついでにそこに住んでるダチに声かけた。ひとつもおかしいことなんかねぇ。だろ?」

 穏やかな口調とは違ってニヤリと悪っぽい笑みを浮かべて政宗がずいぶん高いところにある竜の目玉を見上げると、
『だち?』
 と図体のでかさと違ってかわいらしい仕草で首を傾げていた。数百年とずいぶん湖の底に引きこもっていたらしい竜の娘と南蛮贔屓目で新しいもの好きの殿様では、単語ひとつをとってみてもなかなか意志が通じない。
 不思議といちいち説明するのは苦ではないなと思いながら、
「ダチってのは、friend、友達っつうような意味だ。」
 そう言ってから内心政宗は少しどきどきした。そう言えば、俺、友達、いねぇな。部下はたくさんいる上に、右目やライバルはいるけどそう言えば友達はいなかった。

 こっそりどきどきして見上げた先で、竜は大きな目を何度も瞬きしていた。

『おともだち―――でございますか?』

 そう言うと、竜は目をぱちくりさせている。スケール的にはバチ!ぐりん!といった感じだが雰囲気的にはぱちくりがぴったりの仕草だった。

『ともだち…、』
 よろしいのですか?二度口の中で言葉を確かめるように転がしてから、竜が言った。よろしいとはなんだ。よろしくないってなんだそれ。
「なにがよろしくないんだ?」
 本気でなにを尋ねられたのか、政宗は分かっていないようである。そう言うと、竜は大きな目をさらに大きくする。なんとなく楽しそうだ。そこまで竜の表情がわかるようになった自分が、政宗にはすこし新鮮である。
『いえ。』
 ふふふと笑って、竜が体をゆすった。
『わたくし、人のおともだちは初めてです。』
 聞いているほうがふぅわりとなるような響き。花が咲いたみたいな声だ。

「いやだったか?」
 なんだかあんまり素直に喜ばれてくすぐったくって、政宗は分かっていて少し意地悪をした。
『まさか!』
 そのちょっとしたいじわるも素直に受け取って、嬉しいですよ、と述べる竜に、政宗はちょっと肩をすくめる。まったく竜と言うのはどれもみな、こんな風に素直でおっとりしているものなのだろうか。なんとなくこいつだけだろうな、と思いながら、政宗はちょっと苦笑する。
 それにしても初めての友達が、竜。まさかの人外である。
 それはそれで、格好良くていいか。相変わらず、大器なのかただの馬鹿なのかわからない感想を、政宗は抱いている。
『では政宗様は、今日は休憩にいらしたんですね。』
 にこにこ!とこれが人間の顔をしていればそんな風な表情をしているのだろう。竜が笑う。これが笑いだと、わかる自分が政宗はやはりちょっと不思議である。
 ゆっくりしていってくださいな、とのんびり告げる巨大な竜を見上げて、やっぱり苦笑。声だけ聞くと、ついこの規格外のサイズを忘れがちになる。
「それもあるんだが、」
『だが?』
 頭だけで政宗の馬よりも大きいだろう。竜が首を傾げる。

「今日は休憩だけじゃねえ。ついでにその"ともだち"に、ふたつ土産を持ってきた。」

 ともだち、なんて恥ずかしい言葉をつかったのなんて子供の時以来で――いや、正直に言おう、子供のときだって、友達なんていなかった、使うのはほとんど初めてで、だからなおさら政宗のニヤリは悪役っぽくなった。その笑みにますます竜が首をかしげ、隣で馬も、ちょっと鳴いた。


(20100129)