お土産のひとつめ。
「色々話してたら、まったく忘れるところだったぜ。」
 なんて嘯きながら政宗が懐へ手をやる。

「あんたに礼をと思ってな…鱗は砂んなっちまったし、代わりにはならねぇと思うんだが。」

 そう言って取り出されたのは瑠璃硝子で作られた小さな笛である。
 横笛や縦笛よりずっと短いあえて言うならその形は鷹笛やら犬笛やら、獣の笛の類に似ている。透き通った表面には水面の模様。なんとも細やかで涼やかな細工だ。笛の中で玉が、チリンと清らかな音を立てる。そうして首にかけるために輪になった真っ青な紐といったら、人間用にしては随分――いや、相当、政宗の身長の4倍は長い。
『まあ、』
 そんな、あれは助けていただいのことに対するお礼でしたのにと竜が声を上げる。それにしてもやっぱり、その声が巨体に不釣り合いな気がしてしまうのは仕方がない。

『お礼にお礼をいただいてしまってはお礼の意味がありません!』
 まったくこんなでかい図体してなんて律儀なんだろうか。政宗は半分笑い出したいのを堪えてなるべく不機嫌そうな顔を作る。

「Ah?いいんだいいんだ。礼どころかこっちが助けられちまったようなもんだからな。それにこの俺直々の感謝の気持ちが受け取れねぇってか?」
 最後少し悪そうな顔でニタリと笑った政宗に、案の定竜は『とんでもない!』とそれこそ図体に似合わない声を上げた。サイズ的には30分の1にも満たない目の前の小さな人間が、竜一頭では手も足も出ないカルラを倒したのは記憶に新しい。気分としてはガンプラにシャア専用倒されちゃったアムロなのかもしれない。竜はもごもごと大きな口でどもる。

『あのう…でも、本当によろしいんでしょうか?』
「何回言わせんだ。こりゃああんたんだ。you see?」

 最後の言葉の意味は竜にはわからなかったがなんとなく通じたらしい。
 ではありがたく、と言った竜に、政宗が笑う。まったくこんなでかい図体をして。

「あんたは確かに俺に恩を返したつもりなんだろうけどな。あんたはそのついでに奥州百万石の民に貸しをつくっちまったんだよ。つってもあいつらの一人もあの雨があんたのためだって知らねぇ。俺しか知らねぇ上に俺の民だ。つまりあいつらの貸しは俺の貸しで?俺がお前でお前が俺で、ってこれは違うな。まあ、つまり、まったく返せる気がしねぇなァ。」

 よくわからないようなわかるような屁理屈で、政宗は、因縁付けるチンピラ口調なのに気持ちのよい笑い方、するので仕方がない。
 ほらとっとと頭出しな。言われて素直に頭を下げた竜の目の前に、彼は笛を差し出す。
 竜は器用に鼻先で、それをすくいあげるとふわりと風に浮かべた。どうするのだろうと政宗が眺めていたら、そのままスイ、と頭をくぐらせた。
 そうして見事にその笛を首からかけて見せた竜が笑う。ありがとうございます、と。
 大きめに紐を編んだはずなのに、首周りにぴったりの長さで、これじゃあんたから見れねぇなと心なしすまなそうに肩をすぼめた政宗に、それでも竜が笑う。いいえ、見えます。政宗がちょっと笑った。
『ええ、とてもきれい。』
 竜も笑う。
 玉が鳴って、たしかにとてもきれいだと思った。細工師に無茶を言っただけのことはある。白い太陽の光と、水面の反射光を写して、きらきらきらきら。剥がしてもらった鱗がどこなのか、ざっと竜の体に目を通してみるがわからなかった。
 二つ目は?

「ああ、それからもうひとつ。」
 今度こそとんでもないと悲鳴を上げかけた竜に、政宗はさっきとは違う感じで笑った。HA!と上がった声に、『笑い事ではありませぬ!』と竜の声が飛ぶ。それもまったく意に介さずに、政宗が
「そっちは礼だが、こっちは土産だ。気にすんな。」
『気にします!』
「礼は受け取れて土産は受け取れねえたァどういう了見だ?ああ?」

 うっと竜が黙る。
 自分の何百倍とある竜を黙らせる、というのが、なんだか政宗は少し楽しいような気もしてきた。
 それに飛影が、あんまりお嬢をいじめるんじゃないッスよ筆頭、とでもいうようにちょっと鼻を鳴らして政宗を小突いてきたのには驚いた。すっかり馬の方も、と仲良しらしい。会話できるのか、竜が『まあ。ふふ、ありがとう、飛影殿。』と声をかけ、その"飛影殿"は、ブルル、と鬣をふるわせる。
 いやあこれくらいなんてことないッスよ。
 という字幕が、政宗には一瞬その表情の下に見えた気がした。
 おい、と馬に半目でつっこみかけて、我にかえる。
 馬につっこみいれてどうする。
 頭をかきながら、さっと政宗は飛影の背に結わえていた荷を解いた。

『なんですか?』
「驚くぜ?」

 政宗が取り出したのは、彼がやっとこ抱えられるくらいの大きな包みと、手のひらサイズの小さな包みのふたつである。どちらも深い緑の、どこかで見た唐草模様の風呂敷に包まれていて、中身が分からない。
 興味津々の竜に、政宗はニヤと笑って包みを解いた。

『まあ!』

 おっきなおにぎりひとつとちいさなおにぎりみっつ。並んでいる。
「あんたのおかげで今年は豊作でな。米、食えるか?食えるなら遠慮なく食ってくれ。」
 これが土産その二。
 いくら相手が竜だからって、この政宗、相手がお嬢さんだってこと忘れちゃいないだろうか。
 けれどそのお嬢さんは、うれしそうに笑って、『人の食事を食べるなんて百年ぶりかしら?』なんて嬉しそうにしている。

『ありがとうございます、政宗さま。』
「俺も昼飯ここで食おうと思ってたしな。ついでだ。」
『では政宗様が作られたのですか!』
「…悪いか。」

『いいえ。』

 また竜の声に花が咲いた。
 それからおおきな竜と小さな人間は、竜からしたら小さい、人間からしたら相当おおきいサイズのおにぎりと、竜からしたら豆粒の、人間的にはちょうどいいサイズのおにぎりとを、湖畔に並んで一緒に食べた。
 馬は草を食べに行っている。


(20100129)