最後に町へ出たのはいつだったか。 ちょっと昔を懐かしむようにして、それはずいぶん昔だったと思うと竜が言う。 詳しく聞いてみると、なんでも彼女が最後に市へ出かけたのは平安の頃。京の朱雀池に棲む知り合いのところへ足を伸ばした時のことらしい。 平安。とっさに何百何十何年前なのか計算できず、とりあえず百は優に超している"前"だから相当な前だな、と政宗は適当に感心した。 今日は本当に言い天気で、ただ白米に塩を振っただけのおにぎりだが、うまい。政宗は手で掴んで、竜は器用に宙に浮かべて食べている。一口で終わってしまいそうなそれを、なにか特別なものでも食べるように、少しずつ少しずつ、竜は消化していた。 遠くの山は紫で、ぷかぷか浮かぶ雲を眺めながら、なんとなく話も弾む。 笛を買った時の話を聞いて、うらやましいと竜が言い、さすがにあんたが町へでたら大騒ぎだろうからな、と政宗がその大混乱を想像してニヤと笑う。 それにもめげず、久しぶりに行ってみたいことですと竜がのんびりつぶやく。 今なら京にまで行かなくても奥州にも立派な市があるのになぁ、政宗もわらった。 「案内してやりたいが、さすがに大パニックになるだろうからな。」 それに竜が、ポツリと『小さくなったら大丈夫だと思うのです。』と思い出したように言う。 「小さく?」 『ええ。きっとそれなら心配ありませんわ。小さくなれますから。』 ちいさくなる。 それは初耳だった。 「なんだって?」 思わず聞き返した政宗に、竜はちょっと鼻息をあつくしてムンと胸を張る。 『ですから、わたくし小さくなれますから、きっと町へ出ても大丈夫かと思います。まだ大陸にいた頃は時折そうやって人の町へおりましたもの。』 竜の目がきらきらし始めた。『京へは雲に乗って、先に池に行ったあとで、やっぱりお友達と連れ立って小さくなって町へ行きましたの。這うのが大変で、少し疲れましたけれど大丈夫です、きっと。』と楽しそうだ。 どうやらすっかり、"人の町"へ行くつもりになってきたらしい。 まさか竜が小さくなれるとは思っておらず、便利なもんだと半ば感心しながら、政宗もなんだか楽しくなってきた。 やっぱり景色はよくて水がきれいでも、じっと湖の底にいるのはきっと退屈なのだろう。 小さくなれるなら、籠――はやはりいやがるだろうか、こっそり隠れられるような袋だとか、うんと小さくなるのなら政宗の袂にでも入っていればいい。そうすれば這う必要もないから楽だろう。 そうして初めての友達を袂に入れて、自分の治める城下町を、案内して歩くというのも楽しそう――訂正、とても、楽しそうだ。 『政宗さま、あのう、』 と竜がちょっともじもじしたように語尾を濁すので、政宗が首を傾げると、 『奥州の町を案内していただいてもよろしいでしょうか?』 元よりその気だったので思わず噴出してしまった。ついでに握り飯が喉に詰まる。ゲホゲホせきこんだ政宗に、竜がきょとんとしている。 『ひとりで町へ行ってはいけないと、父や母から言いつかっておりますの。』 政宗がついてきてくれるか不安なようだ。そんなに大きい体をしておいて。ますます笑ってしまったら、ますますご飯粒が気管に入りそうになって咽た。 散々笑ってから、咳を鎮めようとして、やっぱり失敗する。 何度か試みて、やっと咳が収まったあとで、ちょとまた、例の照れ隠しのニヤという笑い方を政宗はした。 「OK、この俺に任せとけ。」 かくして政宗は、竜と町へお出かけすることが決まったのである。 |
(20100129) |