たっぷり5秒は沈黙した後で、政宗はようやく、口を開いた。
「あー、」
 あいかわらず間抜けな言葉しか出ない。娘はきょとりと首を傾げて、政宗を見上げている。

?」

 その不思議によく見れば青い目玉を見下ろして、政宗は言った。それに「はい。」と娘が満面の笑みで頷く。彼女が微笑むだけであたりにお花が咲くような錯覚が見える。
 いやいやいや。待て。待て。
 政宗は思わずまばたきもしないまま真顔になった。少し怖い。ふつうのお嬢さんなら、おそらく肩をすくめてしまうだろうが、目の前の娘はなにも気にした様子はなく、にこにことわらうばかりである。
っつうのは、アレか?あの、ここにすんでる?」
「竜ですよ。」
「…だよなー。」
 政宗さまはやっぱり面白いですね、とがころころと笑う。
 面白い。それは褒め言葉なのだろうか。そもそも褒められているのだろうか。

 頭を思いっきり、鈍器で――あの雪国の少女のどでかい槌でぶん殴られたときのことを思い出す―――殴られたような衝撃を政宗は受けた。びっくりした。どれくらいビックリしたかと言うと、ある日突然いつもの湖に竜がのびていたのを見た時と同じくらいに驚いた。最近驚きすぎではなかろうか。まだ若いのに、心臓に悪い。
 危うく現実逃避しそうになった政宗の意識を、
「政宗様?」
 娘の細い指先が、ちょんちょんと彼の裾を引いて引き戻した。小首をかしげて、不思議そうに政宗を見上げている。これはこれで、ある意味で違うところへ意識が飛んでいきそうではある。
 さらさらと肩から長い髪がこぼれて、美人だ。確かに、ものすごく、美人だ。

「あの、これではダメだったでしょうか?」

 しゅんと肩を落とされて、思わず政宗は「ダメじゃねえ!」と言ってしまった。なぜだ。正直ダメなのである。ダメだ!ダメだ全然ダメだ!と叫べなかった自分が悔しい。だって、そんな、予想していなかった。
 いやまて落ち着け政宗。
 彼は自分で自分にちょっと呟いてみる。
 落ち着いて考えてみろ。長い黒髪に不思議に青い目、陶器のような―――雪花石膏のというのはこういうのをいうのだろう、透けるような白い肌に、ほっそりとしてたおやかなかいな、細い首、長いまつげ、整った顔立ち。やわらかくってやさしげで、小春日和のような。春のような、花のような。
 こういうタイプは苦手だ。そうだ、苦手だよ、苦手だよなぁ?母のように気性の荒すぎる美人も苦手というかぶっちゃけ怖いが、こういう一見無害そうなタイプも苦手だ。そう、こういういかにも美しくて儚げでたおやかでほっそりとした娘というのはそもそも、だいたい、たいがい、えてして、

「馬でゆかれるのですか?それならわたくし、先にひとっ飛びして町の入り口にいたほうがよいでしょうか?」

 しかしやはり竜は竜だった。
 穏やかで優しげな声ざまは、竜の姿の時よりも遥かにしっくりとくる。輝かんばかりのかんばせに浮かぶのは、人懐っこい無邪気さばかりだ。あどけない美人。立派な女人の形だが、中身がまるで子供なのだ。
 とにもかくにも、その容貌はあまりに目を引く。
 どうしよう、とを見下ろした政宗は、しかしぐらつきかけていた考えをぐっと立て直す。
 ―――男が一度約束をしたのだから。
 市を案内してやるとそう言った。それよりなにより目の前の人の目が言っているのだ。
 とても、とてもたのしみ。
 今更つれて行けないなんて言えない!

 政宗はまだちょっと混乱している。
 ええとまず市に行って、この目立つ衣装だけでもなんとかすべきだろう。適当にまず服を見繕ってやって、それから、それから…。
 目が合う。
 にこり、と微笑まれた。

「…とりあえずこれでも頭からかぶっててくれ。」

 上着をかむろのように頭からかぶせると、きょとりとした顔が政宗を見上げる。なんだか彼女が彼氏のシャツを着ていてぶかっとしている、みたいなことになった。
 余計やばい。
 何がやばいのかよくわからないが、咄嗟に政宗は、思った。



(20110217)