今日もリーゼントをピッシリと決めて、城下の見回りに精を出す伊達の男衆は、ゾロゾロと道を歩きながらみんなそろってあるものを見つけてハッ!?となって、ギョッ!として、それからすごい勢いで路地裏に隠れた。 どんなに上手に隠れても、素敵なリーゼントが見えてるぜ、と突っ込んでくれる町人もおらず、彼らは路地裏からちらちらと、見つけてしまったあるものを厳ついお顔を桃色に染めて、どうしようどうしようとキャーキャー声を潜めて慄いている。 彼らの目線の先には、今日も元気に彼らの尊敬する小十郎さんを出し抜いてお忍びで抜け出してきたらしい、彼らの敬愛してやまない筆頭の姿がある。鎧も具足も外して、少し南蛮風な衣装が目立ってはいるが、ラフな格好をした筆頭は、身内の贔屓目を差し引いてもかっこいい。 しかしそれくらいで、彼らは騒いで路地裏に隠れたりなんかしないし、ちらちらこうやって覗き見したりもしない。普段ならば、押忍!筆頭!まぁた抜け出して来たんスか!?くらいきちんと挨拶して言ってのける。礼儀正しいリーゼント集団だ。 そこからいつもなら、「筆頭、帰らないと小十郎さんが怖いッスよ!」 とか 「筆頭!今日は遠乗りスか!?」 とか 「筆頭、さっきそこですげえ美味い団子見つけました!」 とか、そう言った会話が繰り広げられるはずなのである。 しかし彼らがどうして今こうやって思わず脊髄反射でこそこそ隠れてしまったかというと、筆頭の引く馬の上に、見たこともない美人が乗っているからだ。 浅葱に白い大輪の牡丹の咲いた小袖を着て、雪のような繻子の帯を締めている。まだ婚姻前の若い娘だろう、華やかな花のような風情だ。結わずに流した黒髪に、牡丹の簪がよく映える。頭から薄い被衣を被り、透ける横顔がそれこそ内から光り輝くように美しい。 「すっげえ、美人スね…、」 ポカンと誰か一人が呟き、うんうんとそれに全員が深く頷く。びっくりしすぎて魂抜けるかと思った。 美人はとても楽しそうに、時折馬から身を乗り出して市をあれこれ指差している。それにどこか困ったように苦笑しながら、それでも隣に立って馬を引いてやる筆頭が、普段の三割増しで男前に見える。おまけに筆頭の愛馬まで、もちろん国で最上級の馬であるのだが、日本で一番良い馬と言っても過言ではないように見えてくるので美人効果ってほんとにすげえ。 なんだかここまで、美しい玉のような女人の声音が聞こえてきそうだ。 というより実際耳をダンボにしている彼らには、ちらほらと二人の会話が耳に入ってくる。 「まあきれい。政宗さま、あれはなんでしょう?」 「おや、お嬢さんお目が高いねぇ!これは南蛮渡来の硝子細工だよ。彼氏に買ってもらいなよ!」 「まあ!…ふふ、彼氏だなんて。」 ちょっと笑ったときの口元が見えた。その形まで完璧であるのがいっそ恐ろしい。少女のような、しかし落ち着いた笑い声。口元にそっと添えた爪の先まで整っている。 「ったく、口ばっかり達者でいけねえ…。、あっちの店はどうだ。」 「ああ、あちらも楽しそうですね。右も左も目新しいものばかりで…目移りしてしまいます。」 ほう、と溜息を吐いて、美しい人がどきどきを抑えるように胸の上に手をやった。 本当に楽しくて仕方がないといった様子で、きっとその目は少女のように輝いているに違いない。馬首を路地裏から覗くリーゼントとは逆に向けて、二人が市の雑踏に紛れてゆく。 揺れる白馬のしっぽの先まで美しい気がする。 路地裏からそれを見送りながら、彼らはうっとり溜息を吐いた。そこが人通りのない狭い路地裏で、本当によかった。屈強なリーゼントたちが頬を桃色に染めて溜息を吐く様子は、少し想像に難しい部分がある。この話が小説でよかった。漫画だったら、絵面的に完璧にギャグになってしまう。 「さんか…名前まで美しい…。」 「なんていうか…こう…美人なんスけど…キツさのない…優しそうな…かわいらしいかんじの人でしたね…。」 「俺ァ光とお花が飛んでるのが見えたぜ…。」 「きれいだったなァ…。」 それぞれ感想を出し合いながら、だんだんみんな黙る。 筆頭が、デート。これは間違いない、デートである。 相手の女性の様子から察するに、相当身分のある女性と見た。仕草や着こなしが、一般人のそれとは違う。ひょっとしたらお忍びの京の貴族様かもしれない。小十郎曰く礼儀のなっていないリーゼントたちが満場一致でそう思うほど、女性は雅やかで優雅だったのである。 奥州にこの人ありと謳われる戦上手の政上手、もひとつおまけに料理上手な我らが筆頭、独眼竜・伊達政宗であるが、何がその右腕ならぬ右目である小十郎を悩ませているかというと、大将でありながら先陣を切る喧嘩っ早さと (小言をいうがそういうところを愛してやまないのが本音である)、それからちっとも、身を固めようとしないところだ。 若くて顔も良くって戦上手で政上手な上に料理上手な城主様であるからして、あちこちから見合いの誘いが絶えないのだが、彼はちっとも身を固めようとはしなかった。東国一の美人との見合い話を蹴っただとか、宮家からの縁談も断っただとか、その方面では色々な武勇伝がある。過去、実母とちょっと色々あったりしたので、本人は頑として認めないが女性恐怖症の気があるのではないかとすら最近では噂されていた。 ただたんにまだ若いのだから、遊びたい年頃なのだろうとも言われたが、一国の城主としては、奥方がいないのはおかしな年齢である。 近頃の小十郎の悩みと言ったら、いかに政宗様に縁談を受けていただくかというもので、せめて顔だけでも!としょっちゅうあの厳つい顔で政宗に見合い写真片手に迫っていた。その度に、「いいか、小十郎。俺ァ今はまだその時じゃねえと思ってる。今、俺が大事にしたいのは、俺を慕ってくれている野郎どもと一緒に、天下を取る、それだけなんだ。You-see?」 と格好つけながらも見合いから逃れようと必死な様子が隠せない言いわけに、毎度感動して流されている。 会ってみるだけでも会ってみりゃあいいのに、と思ない者も少なくなく、そのため、ひょっとして筆頭には心に決めた人がいるのでは!?というようなぶっ飛んだ憶測まで飛び交いだしていた。 その矢先に、見た。 見てしまった。 お忍びの筆頭と、美人。 普段戦で先陣を切っては、ついてこい野郎どもLet's party! で、城でも男にしか囲まれていない政宗を知る者には、衝撃の映像である。あの筆頭が、お忍びで、お買いものデート。誰からともなくひそひそと、おい、もしかして、あの女が…いやあのお方が、ひょっとして、まさか、と妄想が膨らんでゆく。 「筆頭も水臭いぜ…あんないいヒトがいるなら、紹介してくれたってよう…。」 「ひょっとして、話せない理由でもあるんじゃねえか?」 「なんスかね…話せない事情、って…。」 「まさか…まさか天子様の娘さんとか…?」 「ウヒョオオオオ!」 「ロミオとジュリエット的な…?」 「真田にあんな美人がいるなんて聞いてないッスよ?!」 どこまでもどこまでも、彼らは盛り上がってゆく。 もちろんそれを、竜のエスコートに手いっぱいの政宗が、知るはずもなかった。 |
(20110810) |